2015.05.20 カンコードリームプロジェクト フィギュアスケーター 織田信成

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「プライドを脱ぎ捨てたとき、 挑戦しつづける心が生まれる」

焦りや劣等感のカタマリだった子ども時代

P6198705.jpg3歳で遊び感覚でリンクに立ち、フィギュアスケート選手だった母の指導のもと、本格的にジャンプの練習などを始めたのが5歳の時でした。ただ、自分で選んだ道ではなかったのでいろんな葛藤がありましたね。家ではやさしい母が氷上では別人のように厳しかったですし、小学生のころはジュニアの下のノービスというクラスで大会に出ていたんですが、いつも7位や8位…。当時、上位の常連組だったのが高橋大輔選手たちです。自分はあと何年やれば追いつけるんだろう、これ以上うまくなれないんじゃないかって、焦りや劣等感ばかり抱えていました。

 

リンクを離れてわかった、目標を持つことの大切さ

A3D4897.jpg中学生になるとますます、心の底から「スケートをやめたい」と思うようになりました。いま思えば、ただの反抗期なんですけどね。ずっと母の指導を受けていたので、周りから「マザコン」なんて冷やかされるのもイヤで、ひどい話なんですが1年近く母のことを無視したりとか。そんな時…、ちょうど中2の夏、左腕を骨折して半年間リンクを離れることになったんです。「これで友達と遊べる!!」ってうれしかったですよ。ところがいざそうなってみると、中学生ながらに「何なんだろう、この充実しない日々は!?」って、急に人生がつまらなくなってしまった。あれほどイヤだったスケートを、やっぱりどこかで「楽しい」「好き」って感じている自分がいたんですね。

自分の好きなことを、夢を、簡単にあきらめないで

oda_002.jpg「スケートが好きなんだ!」って気づいてリンクに戻ってからは、もっと頑張ろう、もっと上手くなりたいという気持ちが強くなり、ジュニアの大会で上位4人の中に入ることができました。そしてベルギーで開かれた国際大会に初めて出場することになり、しかもそこで優勝できたんです。気持ちが大事なんだ、と実証された瞬間でした。そんな自分の経験から中高生の皆さんに言いたいのは、とにかく「あきらめないで!!」ということ。気持ちのうえでも、いつ、どんな変化が起こるかわからない。だから、好きで携わっていることを簡単にあきらめてほしくない。それはいわば、自分の人生そのものだから。

自分の強みがひとつあれば、壁を乗り越えられる

A3D5021_3001.jpg母は今も僕のコーチですが、すごくいい関係ですよ。同じ気持ちで同じ方向を向けた時に、お互いの隔たりがなくなった気がします。また、僕も結婚し、2児の父親になったことで視点が変わってきました。子どもたちには、自分の好きなことを見つけるための「きっかけ」をたくさん与えてやりたいね、と妻といつも話しています。何かひとつ自分の強みを持っていると、壁にぶつかった時にも乗り越えやすいと思うんです。そして、どんどん失敗するといい。どんなにカッコ悪くたって、変なプライドを脱ぎ捨てて挑戦しては失敗する、そういう経験を繰り返してほしいですね。そうするとだんだん成功が増えて、じゃあまた挑戦しようと思える。「挑戦し続ける心」は、そうやって若いうちだからこそ養えるものだと思うから。

コミカルな演技でみんなが笑ってくれればいい

今、僕は練習中だって、どんなに失敗しても恥ずかしくないんです。パジャマやスーパーマリオの衣装で滑ったこともありますが、もともと大阪人で人を笑わせるのが好き、人と違うことをするのも大好きなので楽しんでいます。浅田真央選手のように美しく繊細な滑りを追求するのもひとつのエンターテインメント、コミカルな演技でみんなに笑顔になってもらうのもエンターテインメント。いろんな表現ができるのもフィギュアスケートの魅力です。次の僕のショートプログラムは、またちょっとユーモラスな演出を考えています。何と言っても今年はオリンピックシーズン!コンディションも整ってきているので、おごらず、素直な心でソチ五輪めざして頑張っていきます。ぜひご期待ください!

織田信成

おだ・のぶなり

1987年3月25日生まれ。大阪府高槻市出身。関西大学文学部英語英文学専修に在籍。

フィギュアスケート男子シングル競技において、2005年世界ジュニア選手権優勝、2006年四大陸選手権優勝、2008年 全日本選手権優勝、2010年バンクーバーオリンピック7位など数々の戦績を誇る。