2017.04.07 先生向けコラム 次期学習指導要領におけるキャリア教育の重要性

社会に出て自立するために必要な力を育む「キャリア教育」。

昨年答申された次期学習指導要領では、「社会に開かれた教育課程」の実現に向け、社会との接続を意識した「深い学び」が求められています。

社会や産業構造が大きく変化する中、子どもたちに対してどのような資質や能力を育成していくべきなのか。産業界の視点を交えながら、学びのあり方や学校教育に期待することなどをうかがいました。(対談記事の敬称は省略)

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キャリア形成に必要な「体験」と「基礎学力」

―次期学習指導要領の中で、キャリア教育の視点が重要視されています。まずその理由や背景について教えてください。

生重 これまでの職業体験といった一過性の視点ではなく、子どもたちが社会との関わりの中で仕事をし、自立し、主体的に人生を切り拓いていくために必要となる資質や能力をどう育めばよいかがさらに大きく問われてきているからだと思います。多様性の理解だったり、相手の意見を聴いて自分の意見を正確に伝える能力だったり、人間関係形成や社会形成に必要な力をトータルに身につけていくための「体験型」教育が、強く求められるようになってきているということです。

その背景として、近年の社会人基礎力の低下がひとつとして挙げられています。特に学生の基礎学力のばらつきが深刻化しています。大学生で漢字が書けない、分数やかけ算の計算ができない。義務教育の段階でクリアされるべき学力が身についておらず、社会に出ても次のステップに進めない。基礎学力は、キャリア教育の土台となるもので、改めて重要視されています。

橋本 確かに、基礎学力は仕事をする上でまず必要とされます。今後グローバルにビジネスや市場の拡大が進むと、基礎学力を求められる場面は圧倒的に増えていくでしょうね。小学生の時から読み書きそろばんを積み上げていないと後で苦労する。例えば、職人的な仕事も、そこに芸術性など高付加価値を求めはじめた場合、数学や化学の知識が要求されてくるかもしれません。

だからといって、基礎学力をつけるためにただひたすらドリルを解くというのは、子どもたちにしてみれば辛いし面白くない。そこで、実社会と結びついた学習体験が必要になってくると思います。

 

教科と社会を結びつけ、学びの動機づけを

生重 そう。知識の詰め込みだけでは身につかないさまざまな体験を通じて社会を意識させることが必要です。 

橋本 例えば「ペットボトルの中にどれだけの技術が隠れているのか」をテーマにして授業を組み立ててみる。技術を知るには理科、仕組みを知るには社会、実際に作るには国語や算数の知識が必要だとなると、何のために勉強しているかが分かります。学習の動機づけにもつながるのではないかと思いますね。

生重 そうですね。それぞれの科目をその先にある地域や産業と結びつけることで体験が深まりますね。さらに言えば、問いを立て、自分で学びを深めていく、自分がなりたいもの、関心があることに自分で気づいて必要な知識を得るためにアクションを起こすことができる。そのような力を育てたい。なにも、全員が高等教育を目指す必要はなくて、職業技能を身につけて早くからプロの道を目指す子がいてもいい。自分の資質や得意分野に合わせて潜在的な能力を磨いていくことがキャリア教育の本質だと思います。

橋本 まさに、そこが新卒の離職問題ともつながっていきます。今、中卒7割、高卒5割、大卒3割が3年以内に離職するといわれています。雇う側としては人材育成の教育コストがかかるので、なるべくミスマッチは避けたい。やはり学生のうちから、社会との関わりを考え、自分が進みたい方向や働きたい分野をイメージできている方がいいわけです。

生重 大学などでも、実際に企業の担当者を招いて仕事で実際に使える英語をもう一度学び直したり、地方の大学では地元民間企業と共同で研究や商品開発を行う産学連携も活発化していますね。高校の時からこのように学びと働くことを接続していくことで、子どもたちもより将来像が描きやすくなると思います。地方の魅力を再発見することで、地元就職にやりがいを見つけるきっかけにもなると思いますし。

橋本 キャリア教育の入り口は小学校ですが、そこで使えるリソースは地域資源しかないと思います。体験価値を高めながらいかに知識と結びついた世界を広げられるか、それを高校段階までやっていく中で、子どもたちが自分の特性を見つけたり活躍できる場を感じ取れたりするといいなと思います。地元で働くか、都会で能力を生かすか、自分の道筋を納得して選ぶこともできますよね。

 

新しい時代に向けて求められる資質や能力とは

―ところで、今後子どもたちを取り巻く社会はどのように変化していくのでしょう。産業界の視点からお聞かせください。

橋本 AI(人工知能)、IoT、センサー、ロボットなどが現実に社会実装されてきています。第4次産業革命といわれるこれらの技術の出現が、産業界や就業構造にもたらすインパクトは非常に大きいとされています。現にロボットは人間の匠の技を再現できるレベルのものもあります。また、IT企業のグーグルは、人工知能を開発しクルマの自動運転を可能にしてしまいました。自動車メーカー以外の企業が新規参入してシェアを脅かす。こういうことが現実に起こり始めています。

これからの世界は「こたえのない世界」。何がどうなるか、どこがどう結びついていくか、誰がどうリードしていくか、誰も何もわからない、そんな社会になっていきます。

 

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―そんな予測困難な新たな時代に、求められる能力や資質とは何でしょうか?

橋本 単なるスキルではないもの、AIやロボットに置き換えることのできない人としての価値、マインドの部分だと思います。そこには、課題設定力やコミュニケーション能力、分野を超えて専門技術を組み合わせる能力、問題解決能力、自己研鑽意識、といったものが含まれると思います。自分の専門知を立場の違う相手にもわかる文脈や言語で、きちんとコラボレーションしていく翻訳能力といったものも必要でしょう。自分が社会の中で何をしたくて、何ができるか、その価値を見つけていくことが大きなポイントになると思いますね。それは大それたことでなくてもいい。

また、チームで仕事をする場合、ある分野で相対的に自分より秀でた人がいるなら、その人に任せた方が効率的です。そのことがわかる、あるいは読めるというのも大事な資質です。リーダーシップとは、先頭に立って人をひっぱっていく能力かというとそうでもないと思うんです。ゴールイメージを持って自分の果たすべき役割をしっかりこなす、その時自分がなにを成さねばならないかがわかる、そこが大切なんですね。

 

生重 確かに、頼る、任せる力は大切ですね。ひとつのことに集中的に取り組むタイプの人もいれば、複数のタスクをバランスよくこなす人もいる。相手を不快にさせず謝れる人、縁の下でチームを支えるマネージャー的な人も仕事の現場では必要不可欠な存在。それぞれが持っている多様な資質に気づき、認め合うことで協働作業が成り立っていきます。横並びで一律一定の能力にはめこむのではなく、違う能力や個性を生かし合う。アクティブ・ラーニングなどが、互いを理解する気づきの場となっていけばいいと思いますね。

 

体験や気づきを「見える化」できるキャリア・パスポート(仮称)

―次期学習指導要領では、小・中・高を通じたキャリア教育の充実を図るため、「キャリア・パスポート(仮称)」の活用検討が示されています。これについては、どのようにお考えですか?

橋本 自分がやりたいことや学んできたことなど、自分の価値をどれだけ強く持てるか、あるいは問い続けられるか。キャリア・パスポート(仮称)などの学習ツールもその点で有用だと感じます。体験で得た気づきを「見える化」して振り返る。成功体験や失敗体験を次の体験につなげていくことで、自分で考えて行動できる主体的なキャリア形成につながると思いますね。

生重 自分がどんな学びをしてきたか、どんな失敗をして、何に気づいて、それをどんな風に克服してきたか、キャリア・パスポート(仮称)に記録することで自分の価値や体験を相手に伝える訓練にもなりますね。大学入試や就職試験の際の評価でも体験値や人間性が重視されつつあります。自分の言葉を磨き、語る上でも役立つと思いますね。

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―最後に、全国の先生方に向けてメッセージをお願いします。

生重 体育祭や文化祭といった学校行事にもキャリア教育の視点を入れて、ぜひ外部の人と協働してほしいですね。企業や地域とどんな風にコラボし、生徒に何を学ばせたいか、要望なり相談なりをキャリア教育コーディネーターに投げかけていただきたいと思います。地元の産業や魅力を伝える、そのつなぎ手として学校があることに気づいて、身近なところから一緒に始めましょう。

橋本 先生方には、まずは一歩学校の外に出てみてほしいです。最初は反応をみるぐらいの軽い気持ちでもいい。産業界にも思いを持った人はたくさんいます。応援してくれる企業をみつけて相談して、地域を巻き込みながら、専門的かつ体験的な学びを一緒に見出していってほしいですね。

※IoT…モノのインターネット化

※キャリア・パスポート(仮称)…学びの履歴を積み重ねていくことによって、子どもたちが過去の履歴を振り返ったり、将来を考えたりしていくことを支援していく教材。
・小・中・⾼校の教育活動全体を通じたキャリア教育の充実
・子どもたちのキャリア形成の方向性と日々の学習を関連付けた「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指す
・キャリア教育の中核となる特別活動の役割を一層明確にするとともに、「キャリア・パスポート(仮称)」の活用を図る

 

プロフィール

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生重 幸恵 (いくしげ・ゆきえ)

特定非営利活動法人スクール・アドバイス・ネットワーク理事長。一般社団法人キャリア教育コーディネーターネットワーク協議会代表理事。文部科学省第9期中央教育審議会委員。企業の持つノウハウを学校授業につなげるためのプログラム開発を手がける。

 

%e5%af%be%e8%ab%87a橋本 賢二 (はしもと・けんじ)

経済産業省経済産業政策局産業人材政策室室長補佐。平成19年人事院採用。国家公務員採用試験の見直しや人事院勧告のとりまとめを担当した後に、平成26年に経済産業省産に出向し、キャリア教育などの産業に資する人材を育成する施策を担当。

 

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