2019.02.22 生徒向けコラム あなたは1人じゃない。~トランスジェンダー・女優・タレントとして生きる~

自分に自信を持てない。自分を好きになれない。夢や目標を持てない。そんな人もいるのではないでしょうか?たくさんの道があるからこそ悩む。そんな方もいるかも知れません。
今回は自分の思いを持ち続け夢を実現させている、西原さつきさんを取材してきました。

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西原さつきさんは生まれた時は男性でした。しかし、幼い頃より性別に違和感を抱き過ごしてきました。
16歳でホルモン治療を開始し、大学卒業後は女性として一般企業に就職。その後、タイにて性別適合手術を受けられます。「Miss International Queen 2015」にて特別賞の「ミス・フォトジェニック賞」受賞や、NHKドラマ「女子的生活」のトランスジェンダー指導、ご自身もドラマ出演を果たされています。また、女の子らしくなるためのレッスンスクール「乙女塾」のボイスレッスン講師としてもご活躍されています。

 

性別違和を抱きながらも輝ける場所を探す

―性別違和を抱かれたのはいつごろですか?

西原さん:ものごころついたころからです。保育園で男女で分かれる時に、女の子の方がいいなって思っていました。
あとプールの時間に、田舎だったので水着じゃなく裸で入るシステムで、いつもおままごとを一緒にしていて仲間だと思っていた女の子の体と自分の体が全く違うことにすごくショックを受けました。これは強烈に記憶に残っています。

―保育園の時に「何で違うの?」と親御さんに聞いたりしましたか?

西原さん:とにかく恥ずかしくて親にも誰にも言えませんでした。当時は違和感という言葉を知らないので、この感情がどういったものかを説明することもできなかったし、言ってはいけない恥ずかしいことだと思っていました。

―服装にはこだわりがありましたか?

西原さん:小さいころは親が買ってきた服を着ていました。でも割とかわいい水玉とかも着せてもらっていたので、それほどこだわりはありませんでした。小学校は私服だったので、高学年になると自分で服を選んでいました。赤とか多かったかな。短パンが嫌だったので長ズボンを履いていました。

―遊ぶ友達はどうでしたか?

西原さん:保育園のころは女の子と遊ぶ時間が多かったんですが、小学校になると男の子と女の子と半々で遊ぶようになりました。女の子の方が早く大人になるからか、話は合うなと思っていました。でも、男の子の無邪気なところも楽しくて、気分に合わせて遊んでいました。元気に遊びたい時は男の子と遊んで、男の子と遊んだことを女の子のところに行って報告していました(笑)

―どんなお子さんでしたか?

西原さん:同窓会などで友人に聞いてみると、「色が白くて、何を考えているかわからない、不思議な子」と思われていたようです。小学校では、生徒会長(児童会長)をしていて優等生タイプでした。成績は良かったんですが、運動はできませんでした。握力とソフトボール投げはいつも最下位でした(笑)

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―会長だと集会などで、大勢の前で話すことも多かったですか?

西原さん:そうですね。楽しかったです!今とあんまり変わらないなと思います。

―会長になろうと思ったきっかけはありますか?

西原さん:人の推薦で学級委員をやっていて、真面目だと嫌われるかなと思ったんですけど、別に嫌われなくて(笑)
当時、男の子はスポーツを頑張っていて、女の子は恋とかファッションに夢中で、自分はどっちにいけばいいんだろうって立ち位置が分からなかったんですけど、何かしなきゃと思っていました。
そこで思ったのが「真面目」だったんです。「真面目」は男女どっちもいるじゃないですか。真面目はジェンダーフリーだったので(笑)で、会長になりました。

―小学校はとても楽しそうですね。

西原さん:はい、フィーバーしてました(笑)劇で主役をやったりもしていました。小学校卒業の時の夢には「天才アイドル」って書いていました。おもしろいですよね。(笑)

―中学校からはどうでしたか?

西原さん:制服があって男女が明確に分かれてきて、授業も保健体育が男女で分かれていて、「男」を意識する時間が増えました。結構暗かったと思います。

―友達とあまり話すこともなかった?

西原さん:金髪の不良の子と仲がよかったです。なぜかちょっかいを出してきて、気が付くといつも一緒にいるようになりました。性別のことで悩んだりすることもありましたが、友達がいたので不登校にはなりませんでした。不良の子も私といると楽しそうにしている雰囲気でした。

―ご自身が性同一性障害だと気づいたのはいつですか?

西原さん: 14歳の時に性同一性障害をテーマにしたドラマを見て、私は多分これなんだろうなと分かりました。
でも、性同一性障害ということが分かって性別違和に悩んで、周りの理解が得られず苦しんで家で泣いていたという訳ではありませんでした。「これはちょっと隠しておこう。言っていいことは何もないかも」と思って誰にも言いませんでした。そのことに悩むより体を変える方法を探そうと思って模索していました。

「体を変える」ということで「生物学」を勉強していました。中学校3年生で大学入試の問題も解いていました。保健体育でも出てくるかなと思っていたんですけど、結局出てこなくて。中学校時代たくさん勉強しましたが、私がなりたいのは弁護士や医者でもなく「女の人」だったので、どれだけ勉強をしてもなりたい自分にはなれないと思って、その途端に成績が落ちてしまいました。
将来はニューハーフやオカマと言われるのかなとその時は思っていました。

 

変化が嫌だった高校生、夢へと向かって

―高校生になってからはどうでしたか?

西原さん:学校には行っていましたが、記憶がほとんどないんです。学ランがすごく嫌で、中学校で学ランの免疫はついていたんですけど学ランを着ずにベージュのカーディガンを着ていました。
身長が伸びたり、声変わりやニキビ、くせ毛が強く出たりと体の男性的な変化が本当に嫌でした。とにかく、自分の体の嫌な部分ばかりを気にしていたので当時の勉強や生活の記憶がないんだと思います。
楽しい記憶としては文化祭のステージパフォーマンスでセンターで踊りました!ダブルダッチをしながらダンスをしました。みんなスラックスに白シャツだったんです。

―人間関係はどうでしたか?

西原さん:人には恵まれて、先生も友達もみんな優しかったです。男女両方がいるグループにいましたし、進路相談の時に夢を「役者」と書いたにも関わらず、先生は否定せず真剣に考えてくれました。
ただ、そのころ親との関係性はあまりよくありませんでした。とにかく「男らしくしなさい」と言われるばかりでした。怒られる嵐が通り過ぎるのを黙って待つことしかできませんでした。

―その後、大学に入学されることになるんですよね。

西原さん:はい。「学がない」と思われるのが嫌だったのでとにかく大学は卒業しようと決めていました。芸術系の大学か、心理学が勉強できる大学か考えて結局心の勉強をしようと考えました。

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―大学生生活では男性で?女性で?

西原さん:大学からは中性的な格好で過ごしていました。ファンデーションをして、眉毛を書いて登校していたんですが、ある時仲良くなった友達から「化粧品何使ってるの?」と言われたことがあって、バレてたんだって思いました。(笑)女子が多い学科だったので自然にそういった話ができていました。ただ、なかなかスカートは履けませんでした。中性的なボーイッシュなスタイルが掲載されているminiという雑誌を参考にしていました。

―就職活動の際には女性として採用されたそうですね。

西原さん:性別適合手術は受けていませんでしたが、女性の姿で、履歴書には男に丸をつけて就職試験を受けました。会社では女性として受け入れていただいて、健康診断も女性として受けていました。週に1回ホルモン治療をしなければいけないのが大変でした。

―その後、性別適合手術を受け現在のタレント活動などさまざまな活躍をされる訳ですが、そのきっかけは何だったんですか?

西原さん:就職して、お金を貯めてタイで手術を行いました。26歳の時でした。
女性となって一般企業に再就職してもいいかなって思ったんですけど、OLをしていた時に取引先の方や他の方に生まれながらの女性だと偽りながら生きていたんですね。それがすごく苦しくて、悪いことしている訳じゃないのにもやもやしてしまったんです。
じゃあ、なんで隠さなきゃいけないのかを考えた時、自分と同じような人が周りにいなかったからなんです。人間って弱いので、自分みたいな人間はこの世に一人しかいないと思ってしまうと萎縮しちゃうんですけど、私みたいな人間は他にもいるんだよというのが伝われば、誰かの勇気になるかもと思って、「Miss International Queen 2015」に出場しました。そこから、芸能界のお仕事をメインでさせていただくようになりました。

―さまざまな経験をされ、今、悩みを抱える子どもたちにどのようなことを伝えたいですか?

西原さん:よく「自分のことが好きじゃない。どうすれば自分のことが好きになれますか?」と相談される方が多いんですね。
私は、何かを好きになったり、誰かを好きになったり、何か夢を持つことは一つの才能だと思うんです。それが、生まれながらにできる人と、途中からできる人といろいろだと思うんです。私自身、自分を好きになれない時にとてもステキな人に出会って、この人みたいになりたいと思ったことがありました。でも自分のことはまだ好きになれていなかったので、とりあえず周りのことを好きになることから始めよう。人のいいところを見つけようと思っていました。
そういうふうにしだしてから、自然と応援してくれる人が増えたんです。応援したり、応援されたり。その人たちがいて今の自分がいるんだなと思っています。

自分のことや周りの人から愛をたくさんみつけて、自分や自分の周りが輝けるようにしていってほしいなと思います。そして、自分のことを好きになって欲しいと思います。

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未来に、エールを。「自分を好きになれる自分になろう!!」
西原 さつき

 

まとめ

和らかい表情と優しい口調でその場をふんわりと包み込む西原さん。私をLGBTの代表のように思わないで欲しい。たくさんの人の声を聞いて欲しいと語ります。そこにはたくさんの人の話や悩みを聞き、見つめてきた西原さんだからこその「愛」があるように思いました。

わたしたちカンコー学生服は、子どもたちのココロに寄り添いエールを送り続けます。
そして、誰もが自分が好きだと言えてキラキラと輝ける世の中になるよう、お手伝いをしていきます。

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