2019.02.14 生徒向けコラム 自分らしく生きる。 ~性別・戸籍を変えて生きるということ~

みなさんは「人と違う」ということにどのような感情を抱きますか?「1人は嫌だ」「仲間に入れてもらえないのでは?」「なぜ、自分だけが」と思うこともあるかも知れません。人との違いに悩んだり、不安になったり、どうせ自分なんかと思うことは悪いこと、マイナスなことなのでしょうか?
今回は「人との違い」を受け入れ、悩みながらも前向きに生きる細田智也さんを取材してきました!

 

男性として生きる細田さん

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細田智也さんは1991年生まれの27歳。
生まれた時は女性でした。しかし、幼い頃から性別違和を感じながら学生生活を過ごしていました。大学生になり自分の心のモヤモヤをインターネットで調べはじめ、自分がトランスジェンダーなのではないかと思い始めます。
トランスジェンダー:広い意味で身体の性と心の性が一致しない状態のこと

そして、20歳になったことをきっかけに母親にカミングアウト。男性として生きるため23歳で性別適合手術を受け、大学在学時に男性へ戸籍変更を行いました。

大学卒業後は臨床検査技師として病院勤務。その後、地元の埼玉県入間市に戻り、現在は入間市市議会議員として活躍されています。
女性から男性に性別変更された方で公職(議員)となった方は細田さんが世界初なんですよ。

 

性別違和を感じながらも楽しかった小中学校時代

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―性別違和を感じられたのはいつごろからですか?

細田さん:幼稚園の頃からです。幼稚園に制服があって、スカートだったんです。それがすごく嫌でした。上着も女の子と男の子は胸のあたりのデザインが違ったんですよ。色は同じだったんですけど、嫌でしたね。

―小学生の頃、制服はありましたか?

細田さん:小学校は私服だったんで、短パンばっかり履いていました。冬に誰が短パンをずっと履いていられるか競争してましたよ(笑)

―寒さに耐えて?(笑)

細田さん:そうです。そうです(笑)

―小学生の頃、細田さんはどんなお子さんでしたか?

細田さん:外で遊ぶのが好きな、活発な方だと思います。でも授業で手を挙げたり、発表することはできない引っ込み思案な性格でした。

持ち物とか服のこだわりもあって、とにかく服はスポーツブランドの服ばかり着ていました。女の子は鉛筆もキャラクターがついてる可愛いのを持ってたんですけど、私は鉛筆もプーマでした(笑)

―友達に「変わってる」とか「なんで?」と言われたことはありませでしたか?

細田さん:不思議とないんですよ。(笑)なんでだろ?特に、男の子だから、女の子だからっていうより、みんな「友達」という感じでした。小さな学校で、女子の人数が極端に少なかったのもあるかもしれません。

―細田さんの服装や持ち物を心配する人はいませんでしたか?

細田さん:親に可愛い服を勧められそうになった時にはスーッと逃げて、その後、自分の好きなスポーツブランドの服を「これがいい」と言って買ってもらっていたので、特に何かを言われたことはありませんでした。一番心配していたのは学校の先生ですね。

習字道具とか学用品を選ぶ時、私は黒がよかったので黒に丸をつけて申込書を提出したんです。そしたら、呼び出されて「細田さん、女の子みんな赤だけど大丈夫?」って言われました。「大丈夫って何が?だって黒がいいんだもん!」って思っていました。
クラブ活動を選ぶときもサッカーを選んだんですよ。そしたら案の定呼び出されて「女の子1人だけで大丈夫?」って言われました。その時も「○○くんもいるし大丈夫」と言って結局サッカーをしました。そしたら、女子数人がサッカーやりたいって言い出して、一緒にしましたね。

―中学生になってからはどうでしたか?

細田さん:中学校は、転校して全く違う環境に入ったので心配でした。女子制服は着用してましたが、持ち物はスポーツブランドばかりだったので、いじめられるんじゃないかって思ってました。でも、そんなことなくて、転校生でよく声をかけてもらえました。(笑)

―髪型は今と同じように短かったんですか?

細田さん:いえ。ポニーテールにしてました。

本当は短くしたかったんです。でも女の子のショートカットと男の子の短髪ってシルエットが違うじゃないですか。というのと、やっぱり親に切りたいって言えなくて・・・。

―部活動は何部には入っていましたか?

細田さん:剣道部に入りました。消去法なんですけどね(笑)テニスもしてみたかったけどスコートが嫌で、バスケもいいなぁって思ったんですけど、これは自分が得意じゃないと自覚していたので。(笑)着る物に男女差が出ない剣道にしました。あとは1年~3年まで駅伝の選手として選ばれて走ってました。

 

苦しかった高校時代、男性として生きることを決めた大学時代

―高校生の頃はどうでしたか?

細田さん:高校は実はほとんど記憶がないんです。陸上部にも入ったんですが、結局ユニフォームやいろんな問題でやめてしまって・・・。友達には話しかけられれば話すけど、人とコミュニケーションを積極的にとることはあまりありませんでした。

―性別の悩みが大きかったですか?

細田さん:そうですね。女子トイレに入りたくなかったし、入るのも見られたくない、下着も女性用のものをつけたくない、女子として扱われることが嫌でした。体操服が頼りなかったので透けないように必ずジャージを着ていました。とにかく、目立たないようにプライベートなことも話さないようにしていました。

―自分の性別の違和感について調べはじめたのはいつ頃だったんですか?

細田さん:大学生になってからですね。性同一性障害という言葉は知っていたし、調べるといろんなチェックポイントがあったんですが、「まさか自分が?」と思っていましたし、トランスジェンダーだと思っていなかったです。
それから、テレビなどのメディアで見るのは男性から女性になった方が多かったのでいまいちピンとこなかったっていうのもあります。チェックポイントにあてはまったけど、でも・・・これって誰が判断するの?医者?病院に行くには親に言わなきゃいけないし、でも言えないしっていうのを繰り返していました。

―カミングアウトするきっかけは何でしたか?

細田さん:20歳の節目です。ちょうどそのころ、情報収集のために自分と同じ境遇の方に出会って相談にのってもらっていました。その方に背中を押してもらえて、母親にカミングアウトすることができました。一筋縄ではいきませんでしたが(笑)今日しよう!と決めていたのにできない日々が続きました。結局、ショッピングモールの駐車場で車の中でしました。手紙を「今読んで」と言って渡しました。

―お母様は何といわれましたか?

細田さん:そんなに悩んでいるなんて気づかなかったって言われました。

―その後、男性へと性別・戸籍変更される訳ですが、大学のご友人の反応はいかがでしたか?

細田さん:とても柔軟に対応してくれました。男性として自然に接してくれました。ただ、最初のうちは男子トイレに入ると、友達の方がビックリしてましたけど(笑)

―大学在学中に性別・戸籍を変えるというのは、周囲に強制的にカミングアウトすることになると思うのですが、それはよかったのですか?

細田さん:はい。良かったです。男性として生活したかったので。就職の時もすべてカミングアウトして受けましたし、働き始めてからも最初の歓迎会でお酒を注ぎながら「実は・・・」と言って同僚に伝えていきました。

―驚かれたり、嫌な思いをしたことはありませんでしたか?

細田さん:もちろん驚かれますね。初めてそういった人に出会ったとも言われましたし。
ただ、普通に男性として接していただければ、生活面・仕事面で困ることはありませんとも伝えていましたし、実際に臨床検査技師として働いていた時も困ったことはありませんでした。検査技師を辞めたのも、いじめられたからではありません。(笑)性感染症の勉強がしたいという目標もあったので。

―そこから議員になられたのはどういった経緯があったんですか?

細田さん:地元に帰り、地元である入間市はLGBTに関してどのような取り組みをしているのか気になっていたところに、入間市の議員さんに当事者の話が聞きたいとお声かけいただきました。そのうちに、議員にならないかと言われ、女性から男性に性別変更した人のロールモデルになりたいと思うようになり、選挙に立候補しました。

―さまざまな経験をされ、今、悩みを抱える子どもたちにどのようなことを伝えたいですか?

細田さん:みんな一緒というのが正解とされていて、いじめられる怖さもあると思うけど、周りの話や意見を聞きながら自分の好きな選択はできるし、みんなと一緒じゃなくても怖くもないし、大丈夫ということを伝えていきたいですね。

私自身も自分のしたいように選択してきましたが、どこかで気にする性格なのでみんなと一緒の選択をしたこともありました。でも、みんなと違うからと言って不正解ではない。答えは一つじゃないと思いますし、自分を認めて好きになってもらいたい。シンプルに簡単に自分らしくってよく言いますが、自分らしく生きることは本当に難しい。でもだからこそ、自分らしく生きていいんだよって伝えたいです。そしてトランスジェンダーであっても普通に生きられることを示したいし、ロールモデルになりたいと思っています。

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未来に、エールを。「答えは一つじゃない」
細田 智也

まとめ

初めてお母様にカミングアウトした時、健康な体にメスを入れることに申し訳ないという気持ちだったと語った細田さん。
「今は申し訳ないと思うことが申し訳ない。性別を変えても幸せに生き、世の中に貢献していきたい。そして胸をはって生きていける人間になりたい。」と言われていました。
その言葉の奥には、悩み抜き、自分らしく生きることを選んだ細田さんの周囲の人への感謝や子どもたちの希望になりたいという思いに溢れているように感じました。

わたしたちカンコー学生服は、子どもたちみなさんのココロに寄り添いエールを送り続けます。
そして、誰もが、「自分らしく」生きられる世の中になるようお手伝いをしていきます。

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