2017.09.05 先生向けコラム 子どもの学びの“轍”は社会総ぐるみで作る【前編】

子どもたちの未来を見据え、社会で生きていく力を養っていく「キャリア教育」がこれからの学校教育では求められています。学校での学びが将来職業に就いた時どう活きてくるのか、それを学ぶためには教員が企業や地域と手を携えていくことが不可欠です。学校・企業・地域はどのように関わっていけば良いのか、産業界と教育界の2つの視点からお二人に対談いただいた内容を全2回に分けてご紹介します。後編ではキャリア教育推進のために地域・企業と関わることについて語っていただきます。

学びが将来にどうつながるのか キャリア教育は子どもの“轍”を作ること

長田 日本の学校教育が直面している喫緊の課題は、小中高での学びが将来に直結していないこと。つまり学んだことが社会に出てから生かされていないということです。昨年公表された国際的な学力調査では、日本の小学生で算数が世界5位、理科が3位、中学生は数学が世界5位、理科が2位と日本の子どもたちは世界トップレベルの学力を有しています。一方、アンケート調査で「数学、理科を勉強すると生活に役立つか」という質問に対して、肯定的な回答をした子どもたちの数は世界の下位。学力が高い一方で、「何のために学ぶのか」「この学びが何につながっているのか」という本質的なところが見えていない傾向にあります。
それを裏付けるものとして、世界各国のニート事情について調べた調査では、日本のニートは世界と比べ学力・学歴ともに高いという結果が明らかに。日本は学力・学歴が高くても、それが仕事に結びついていないことを如実に示しています。

尾﨑 たしかに私自身も小中高時代はとにかく勉強したという記憶があります。しかし大学生や社会人になってからは学校で学んだ事が役に立った機会はそうありませんでした。PTAとして学校に関わるようになってからは、「学校で学びことの意味が子どもたちに正しく伝わっているのか」という疑念を抱くようになり、「何のために学校で学ぶのか」という疑問は今でも持ち続けています。学校現場に少しでも関わっている私たちが先生たちを含めた学校教育をサポートし、この状況を変えたいという思いから、一般社団法人を設立。誰かがやってくれるではなく、自分たちからモーションを起こす。企業として子どもたちの学びを支援していくことは、学校にも良い影響をもたらせられるのではないかと考えています。

長田 「何故学ぶのか」という疑問を持ち続け、そこから行動を起こしていったことは素晴らしいことですね。「何故学ぶのか」は、新しい学習指導要領の柱でもあります。今の学校での学びが、今の努力が、大人になったとき何につながるのか、学ぶ意義を大人たちが明確に示すことで、子どもたちの学びの“轍”を作っていく、それがキャリア教育です。ちなみに“キャリア”の語源はラテン語の“轍”。
轍を作るためには、教員だけに教育を任せるのではなく、地域、企業、家庭など社会が総ぐるみとなって子どもたちの教育を支えていかねばなりません。学習指導要領は法規としての性格を有していますが、法律で網をかければ充実するかというとそれは難しい。学校が企業、地域と積極的につながって実践していくことがカギとなりますね。

キャリア教育は学校のすぐ側に 地域の産業に関わり未来の人材を育てる

尾﨑 キャリア教育の充実を図るには、地域の多くの企業を巻き込まなければなりせん。様々な業種が参画することで、幅広いキャリアを教えることができると思います。私がJC(青年会議所)の理事長を務めていた時、「大人の教育」の事業を行ったことがあります。考えずに行動する大人が多いという懸念から、「何のために勉強をするのか」を改めて認識してもらおうと。まずは先生も企業も含めた大人が「何のために子どもたちを教育するのか」という意識を変えていくことが非常に重要だと思います。

長田 そうですね。これまで教育に携わって来なかった大人たちを学校教育にどう巻き込んでいくかは大きな課題です。地域の民間企業がキャリア教育に関わる一番の必要性は、子どもたちに地域には素晴らしい企業がたくさんあるんだということを知ってもらうことです。地域の未来や産業は、子どもたちが将来作っていくもの。子どもたちがキャリア教育を通じて、地域の産業に関わっていくことは、企業にとっては未来の“同僚”を育てることに繋がっていく。これは企業がキャリア教育に参画する大きなメリットといえるでしょう。

尾﨑 キャリア教育は「地域創生」という観点からも捉えることもできるということですね。地域の若い人材がどんどん県外に流出していく現状は、地域にとって深刻な問題です。それは子どもたちが地域の産業とあまり関わってこなかったことも、要因の一つかもしれません。地域の高校生や大学生が地元企業と関わり地域で働きたいと思える教育や環境を整備していくことは今後求められる課題でしょう。そのためにも地域の学校の先生と企業側が語り会える場を作ることが求められますね。

長田 そうですね。学校側も“キャリア教育”だと難しく考えずに、学校の周りに目を向けてほしいですね。キャリア教育は案外学校の近くにたくさんあることに気付くはずです。先生たちも日頃から学校に出入りし、手助けしてくれる学校外の人たちに心を開いて話し、学校教育に巻き込んでいく。そんな小さなことからキャリア教育に発展していくと思いますね。

「なんでもいい」「おまかせ」のインターンシップは時代錯誤

尾﨑 インターンシップは、学校と企業とが最もつながりやすいキャリア教育だと思います。しかしよく耳にするのは、雑用ばかりさせられたという話です。中学生だけでなく大学生のインターンシップでも同じような実態。「5日以上」という規定も廃止され、今後短期のインターンシップが増えるなか、学校側が企業に「お任せします」では、せっかくの貴重な機会が無駄になってしまいます。キャリア教育を充実させる上でも、先生方がどのようにインターンシップに関わり、企業に働きかけるかを再考する必要がありますね。

長田 インターンシップを通じて子どもたちにどのような経験をさせたいのか、教員の意志を企業側にしっかり伝えることは非常に重要です。普通科進学校のある高校では、受験を控えた3年生の多くが、大学名にはこだわるが学部へのこだわりがない、医学部志望だが偏差値だけで選んでいるという実態に非常に危機感を感じた校長先生が、インターンシップに踏み切りました。同校の卒業生の社員がアテンドするというものでしたが、生徒たちの勉強に対する意識、働く事への意識に大きな影響を与えることができました。これは、学校側が卒業生である社員に今の学びがどのようにつながっているのかを教えてほしいと、きっちりと伝えていたからこその成果です。
おまかせにしてしまうと、企業側も何をどう教えればいいのか分からないため、雑用をさせることにつながる。子どもたちのどんな能力を企業に引き出してもらいたいのか、子どもたちに何を経験させたいのか、これからは教員がしっかりしたビジョンを持ち、それを企業に伝えることが重要になります。「インターンシップはただの職場体験」という意識を変え、キャリア教育を実践する貴重な場であるという認識を持ってほしいですね。「なんでもいい」のインターンシップは時代遅れです。

どの能力を意識して育てるか 企業と学校との話し合いは不可欠

長田 学校教育で養われた資質・能力は、社会に出てから生かされていないかというと、そうではありません。経営者が抱く若手社員への不満度を調べた調査で、不満度が低いもの、つまり満足している項目を見ると「社会のルールを守ること」「学ぶことに意欲的であること」が挙げられています。同じ質問項目で教員に意識して教育している部分を聞くと、先に挙げた2項目は高い数値を表したのです。教員が意識して指導したことは、実は社会人になってから実を結んでいるのです。しかし教員の意識が低かったこと、チーム行動や主体性など社会で必要となる能力は身についておらず、経営者の不満度も高いのが現状です。

尾﨑 確かに学校教育で養った能力と社会が求める能力にズレがあることは実感しますね。商業高校や工業高校では、就職に有利だと思い資格をたくさん取らせる傾向がありますが、資格が多いとむしろ、その生徒が本当にやりたいことがブレて見えないこともあります。学校側が考える「これが就職後に役立つ」という資質・能力と、企業が身につけてほしい力にはギャップがあることを先生たちにも認識していただきたいですね。学校側と企業側が教育について話し合う場を持つことは、キャリア教育の充実という観点からも欠かせないと思います。例えば、キャリア教育を体験した社会人を講師に講演会や学びの場を開催し、そこに先生たちも参加してもらうなど、企業と先生が互いに話し合い、認識を共有していけるお手伝いも考えていきたいですね。

長田 学校教育が身につけさせた資質・能力のなかで、特に物足りないと感じる力は例えば、どのようなものがありますか。

尾﨑 やはり論理的思考でしょうか。論理が分からなければ、社会に出た時に活躍できません。論理には因果関係があるというパターンを学校できっちり教えてもらいたいですね。社会に出れば他人に口頭や文書で自分の仕事や企画を説明しなければならない場面は必ずあります。論理立てて説明できなければ、相手を納得させることはできないですし、伝えたいことが伝わらないでしょう。会話においても同じことがいえますね。

長田 論理的思考こそ、これから求められる資質・能力。暗記・再生だけの学習だけではこれからの社会生活、職業生活には通用しません。論理的思考を子どもたちに身につけさせるために基礎的な役割を果たすのが、キャリア・パスポート。自分の学びのプロセスを把握し、先を見通して、振り返るためには、言語化することが非常に大切です。キャリア・パスポートを活用し、日々の学びを記録していくことで、論理的思考を身につけさる、はじめの一歩を踏み出させる。これは社会人・職業人になるための訓練でもありますね。

尾﨑 学びの記録を残し論理立てて自分自身を説明できることは、自己表現を身につけていくことにもつながりますね。私たちも早い段階からこの辺りには着目して、振り返りができるツールを開発してきました。はじめはサービスの一環として学校の先生方を応援したいという思いで提供していましたが、引き合いはとても多いです。こういったツールが学校教育の場で活用してもらうことも、企業がキャリア教育に参画する一つの手段だと思いますね。



いかがでしたか? 後編では、キャリア教育推進のために地域・企業と関わることについて語っていただきます。
【後編記事を読む】 「キャリア教育推進のために地域・企業と関わること」

「カンコーは、子どもたちの夢と学びを応援しています」

※本稿は、(一社)カンコー教育ソリューション研究協議会からの業務委託により、菅公学生服株式会社がお届けする学校現場のお悩み解決を目的とした教育関係者様向け情報誌 『カンコータイムズ』 を基に加筆した記事です。

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