カンコー学生工学研究所の研究員が、 岡山大学大学院教授で岡山大学ジェンダークリニック医師の中塚幹也先生とトランスジェンダー※1の西原さつきさんに、当事者の方を取り巻く環境と、中学生・高校生の意識や知識についてお話を伺いました。
※1 トランスジェンダー:「身体の性」と「心の性」が一致しないため「身体の性」に違和を持つ人
岡山大学大学院保健学研究科 教授
岡山大学ジェンダークリニック 医師
GID(性同一性障害)学会 理事長
性別違和の悩みを持つ人のための専門機関である岡山大学ジェンダークリニックで、1988年の開設時より診療を行う。セクシュアルマイノリティ、特に性同一性障害・トランスジェンダーの医学的・社会的課題の解決に向けて、講演会の実施や本の執筆も行っている。
著書 「封じられた子ども、そのこころを聴くー性同一性障害の生徒に向き合うー」(ふくろう出版)
文部科学省通知「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について」委員会委員
俳優・講師
「乙女塾」ボイス担当
幼少期より男性として性を受けたことに違和感を覚え、16歳から女性ホルモンの投与を始める。大学卒業後、地元の広告代理店に3年間勤務し、26歳で性別適合手術を受ける。2016年、性別や年齢を問わず自分らしさを育む学びの場「乙女塾」を創設。現在までの生徒数は約700人に及ぶ。
テレビ ドラマ10「女子的生活」(NHK) トランスジェンダー指導、出演
映画 「ミッドナイトスワン」 脚本監修
著書 「女の子って魔法だよね」(厚有出版)
若い世代ほど身近に感じる当事者の存在とその理由
カンコー:早速ですが、「身近にセクシュアルマイノリティの方がいますか?」という中学生・高校生、20代以上の非当事者(セクシュアルマイノリティではないと自認している)を対象としたアンケートの結果を見ていきたいと思います。
「いる」「そうかもしれない人がいる」を足した割合で見ると、高校生から30代にかけての割合が高く、身近に当事者を認識しているかどうかは世代によって差があるようです。
資料:カンコー学生工学研究所
2020年11~12月 中学生・高校生 3,116名に調査実施
2020年7月 20代以上のセクシュアルマイノリティ非当事者800名に調査実施
カンコー:当事者の方の割合が世代によって異なるという事実はあるのでしょうか。
中塚先生:割合が異なるわけではありません。言い出しやすいかどうか、という違いだと思います。例えば、私たちの調査でも、小学生・中学生はかなり言い出しにくいというデータがあります。特に10代は、年齢によって周りの子に話せるかどうかが違います。
それから、最近は、学校の中で学んだ経験があるという人も増えていて、言い出しやすかったり、周りにいるということに気づきやすかったりしていると思います。
40代、50代以上は、ずっと隠してこられた方が多いですね。
「自分たちが若いときはそんなことを言える時代じゃなかった」ということをよく言われます。
カンコー:西原さんが講師をされている「乙女塾」では、多くのMtF※2の方が参加されていますよね。どのような年代の方が来られているのでしょうか?
※2 MtF :「心の性」は女性で「身体の性」は男性の方
西原さん:13歳から73歳の方が来られています。年代は問わないというか、どの層にも必ずいるという印象があります。
中塚先生:岡山大学ジェンダークリニックには、一番若い方だと保育園や幼稚園に通っている年齢の方も来られます。
ただ、その年代だと、ジェンダークリニックを受診されても、ホルモン療法をしたり手術をしたりするわけではなくて、何に困っているのか話を聞いて、大人の方に「こうしてあげてくださいね」といったお話をしています。
自分を表す言葉がなかった時代からの変化
カンコー:西原さんは、幼少期から性別に違和を感じられていたとのことですが、学生時代はどのように過ごされていましたか?
西原さん:学生時代は、勉強してもなりたいものになれないんじゃないかという気持ちがあって、受験勉強も全然集中できていなかったです。性別ってやっぱり生活の根幹にかかわることじゃないですか。
自分の状態というか、性同一性障害みたいなものも何もわからなくて漠然と「なんかおかしいんじゃないかな」とか、「同級生や先生にこれは言わない方がいい気がする」みたいな感情だけがありました。
中塚先生:学校生活では、いろんなところで性別を自覚する機会がすごく増えますよね。小学校入学の前後で全然違いました、という方も多いです。
西原さん:学校って自分の進路とか、なりたいものを見つけに、探しに行く場所じゃないですか。それなのに、自分の一番なりたいイメージが一人だけぼやけているような気がして。ロールモデルを探してたというか。進路とか未来像みたいなものが全く見えなかったような気がします。
カンコー:岡山大学でジェンダークリニックが設立されたのは、今から約20年前の1998年とのことですが、当初から今までで社会の変化を感じられたことはありますか?
中塚先生:設立当初は、「子どもの頃にタレントのカルーセル麻紀さんがテレビに出ていて、モロッコで性別適合手術をしたと話しているのを見て、将来こんなことができるんだと思って、生きてこられました」という人が沢山来院されていました。
社会の変化を感じた一番はじめは、2001年に放送された『3年B組 金八先生』のドラマ。性同一性障害の生徒の登場人物がいて、その後ジェンダークリニックに子どもの来院がかなり増えました。
西原さん:私も、初めて自分はこの状態かもしれないと気づけたきっかけが金八先生でした。ちょうどその時、思春期の一番悩んでた時だったんですよ。だから、あのドラマにすごく救われた記憶があります。
中塚先生:ドラマを見て、西原さんのように、悩んできた当事者の方が自覚できたということもあったし、一般の方もそういうことがあるんだと知って、性同一性障害という言葉がすごく広まっていったんですよね。
カンコー:最近では、メディア等を通じて性のあり方に関する言葉を耳にする機会が増えてきているようにも感じます。
その影響もあるのか、「クエスチョニング」※3や「Xジェンダー」※4など、言葉によっては、中学生・高校生の理解度が、大人を上回っているということが私たちの調査でも分かりました。
※3 クエスチョニング:自分の性別が分からない人、性別を決めたくない人など
※4 Xジェンダー:「心の性」がいずれの性でもないと自認している人
資料:カンコー学生工学研究所
2020年11~12月 中学生・高校生 3,116名に調査実施
2020年7月 20代以上のセクシュアルマイノリティ非当事者800名に調査実施
中塚先生:今はいろんなところから、ドラマもそうですし、『乙女塾』もそうかもしれないけれど、いろんなところでつながりやすくなってきていると思うんですよね。それはすごくいいことだと思います。
少し前までは、ジェンダークリニックにいらっしゃった方に子どもの頃のことを聞くと、「性別の事でモヤモヤするし辛いけど、『性同一性障害』や『トランスジェンダー』という言葉もなかった時代だったから、自分が何者なのかわかりませんでした」と言われる方が多かったです。今は、メディアで見聞きしたり、性の多様性に関する教育が少しずつ広がってきたりしているので、自分のことを伝える言葉を見つけられる子がちょっとずつ増えてきていると思います。
今後は、結婚の問題だったり、子どもを持つということだったりも含めて、ライフプランを小さい頃から立てられるかどうか、というところが課題ですよね。「未来」が一番のキーワードになってくると思います。
後編では今の子どもたちの実態をより深堀りし、性のあり方をはじめとする多様な社会について考えます。