サステナブルなファッションをより一般化し、スクールウェアにも取り入れていくためにできることとは一体何でしょうか。
既存の枠にとどまらない「ネクストスクールライフ」のあり方について研究開発を続けている「カンコー学生工学研究所」が次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、ヒントをいただく連載「Next School Journey〜学校生活の“これから”を探す旅〜」。
今回訪ねたのはKAPOK JAPAN株式会社代表で「KAPOK KNOT(カポックノット)」というブランドを展開している深井喜翔さんです。深井さんはカポックという新しい素材を研究し、高機能かつサステナブルな衣服づくりを手がけています。
サステナブルな観点をスクールウェアに取り入れるために辿るべきプロセスやヒントを探るため、ソーシャルグッドをテーマとしたゼミが開催されているNTT西日本が運営するオープンイノベーション施設「QUINTBRIDGE」で対談を行いました。
(右)KAPOK KNOTの深井喜翔さん。創業78年のアパレル企業・双葉商事株式会社の4代目。カポックの実由来の繊維を活用した薄く、軽く、暖かいアウターを展開している。
(左)菅公学生服「カンコー学生工学研究所」の武内萌。暑い夏を快適に過ごすためのファン付きウェアや成長期の女子に最適なインナーの研究を担当している。
偶然出会った“カポック” 地球に優しいアウター誕生の舞台裏
カンコー学生工学研究所・武内萌(以下「武内」):本日はお時間いただきありがとうございます。実は私たちカンコーも、サステナブルの視点を重視した商品開発を進めています。
どのような商品を作っていけば、消費者の方に届くものになるのか迷うことも多いので、そういったポイントについて今回はお話できればと思っています。
深井さん:ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします。
武内:まずは、改めて『KAPOK KNOT』というブランドについて教えていただけないでしょうか?
深井さん:KAPOK KNOTはカポックという木の実由来の繊維を使ったコートやジャケット、さらには最近ではブランケットを展開するブランドです。このカポックはコットンの8分の1の軽さでありながら、吸湿発熱という機能を持つ優れた素材です。そんなカポック由来の繊維を使うことで、軽くて、暖かく、しかも地球に優しい商品を届けています。
武内:新素材の開発にはさまざまな困難がつきまといます。特に加工が難しいとされたカポックに目をつけ、その素材の可能性を信じることができたのはなぜでしょうか。
深井さん:僕の実家は代々、繊維にまつわる事業を展開しています。なので、幼少期から自分もいつかは家業にまつわる仕事をするのだろうなとは思っていました。
転機となったのは、大学時代に「ソーシャルビジネス」という考え方を学んだことです。単にビジネス面での成功を追い求めるのではなく、+αとして誰かのためになることをやろうとする姿勢に感銘を受け、ゼミではソーシャルビジネスを専門に学びました。
とはいえ、社会人になってすぐにソーシャルビジネスに挑戦できたのかというと、そんなことは全くなくて。色々と苦労をしながら大手繊維メーカーで働いている時に繊維に関する資格を取得しようとして、勉強をしていたある日、カポックという素材に出会ったんです。
その時、「めちゃくちゃ良い素材やん」「この素材を使えば、ソーシャルビジネスの世界で勝負ができるかもしれない」と直感的に思ったんです。それ以来、カポックという素材にフォーカスし、ブランドを立ち上げてここまで挑戦してきました。
カポックの実、KAPOK KNOTではインドネシアの農場で採れた原料から生地を開発している
武内:カンコーにおいても生徒や保護者の方のニーズを調査しながら、制服の素材を開発しています。制服の場合、特に重要になるのは汚れにくく汚れがついたとしても落としやすいということ、そして耐久性です。
学校制服の場合、このラインは満たさなければならないという前提もある中で、様々な試行錯誤を続けています。
深井さん:たしかに学生時代は制服で普通に運動していましたね。そう考えると、制服の耐久性の高さってすごいですよね。
武内:やはり制服は3年間を通して着続けるのが基本なので、耐摩耗性については一般的な衣類の3倍というかなり高い基準を設けています。
もちろんすごく軽くて、動きやすい新素材も可能な限り入れていきたいのですが、自分たちの基準と照らし合わせるとなかなか取り入れられないというジレンマがあるのも事実です。
不確実性も正直に開示、サステナを前に進めるための指標づくり
武内:KAPOK KNOTさんの場合は、新しい商品を展開する上でどのような基準を設けているのでしょうか?
深井さん:僕らのプロダクト化の基準は完璧なものではなく、まだまだ未完成です。ですが、未完成であったとしても何かしらの指標を作ろうということを決め、(1)機能、(2)デザイン、(3)サステナブルという3点について一定の基準を設定しています。
サステナやエシカルといったものには、どうしても右脳的な要素がつきまとう。だからこそ、指標をしっかりと作り、誰もが納得して商品開発に取り組むことができる環境づくりが必要だと考えています。また、何かしらの指標を決めなければ環境問題やサステナビリティへの取り組みは進みづらいとも感じています。
そうした中、弊社では全商品でカーボンフットプリントを公表する、ということに取り組んでいます。素材の環境負荷、物流過程での環境負荷などあらゆる工程で発生する環境負荷を足していき算出するのですが、最終的なスコアは「uncertain score」つまり一定の不確実性が含まれた値ですという形で情報を開示しています。
KAPOK KNOTが今夏から新たに展開する加重ブランケット「MUSUBI」
武内:カーボンフットプリントが「uncertain score」であることを含めて、正直に開示していることに驚きました。
深井さん:カーボンフットプリントを正確に算出するのって結構難しいんです。例えばサイズの違いによっても商品ごとの環境負荷は変わります。でも、厳密にSサイズがいくつ、Mサイズがいくつと算出していくのはかなり手間がかかる。
なので、KAPOK KNOTでは現時点では、「uncertain score」という一定の余白を担保した指標を用いることにしました。
武内:実は私もカンコー社内でカーボンフットプリントの算出に挑戦しているので、深井さんのご苦労は非常によく分かります。
工場でどのくらいの二酸化炭素が排出されているのかを計算しようとしてみたり、服の重さを計測してみたり……
加えて、制服の場合は3年間ほぼ毎日着続けるものなので、私服に比べ着用日数が多いと私たちは考えています。現在は1着の着用日数の多さがどの程度、二酸化炭素の排出削減につながっているのかを調査し、それを踏まえてカーボンフットプリントを算出できないか挑戦中です。
どうにかサステナビリティの観点からも、制服の魅力を生徒さんや保護者の方々、そして学校の先生に伝えたいのですが一筋縄ではいきません。
深井さん:めちゃくちゃ難しいし、大変ですよね。そもそも変数がとても多いので、完全に正確な値を出すことはできないと思います。
100点じゃなくていいから、100%でいこうーー。
僕は最近、こんな言葉を繰り返し口にするようにしています。サステナやエシカルの領域で100点を出すのはかなり難しい。でも、完璧ではないけれども私たちが今できる100%はこれです、という形で商品を作ることはできるはずです。
薄く・軽く・ダウン並みに暖かい、機能性で勝負
武内:KAPOK KNOTの商品を購入するお客様の心には、特にどのようなポイントが刺さっていると感じますか。
深井さん:やはり一番多くお声をいただくのは機能性についてです。薄くて、軽くて、なのにダウン並みに暖かいことを評価してくださる声が7割以上を占めています。値付けは悩みの種ですが、旧来のダウンを比較対象にすることで価格に対しても一定納得していただけていると感じます。
もともと家業で取り扱っていたのは1つ3900円くらいのインナーなど、いわゆる大量生産型のビジネスモデルの商品ばかりでした。なので、最初にコートを3万8000円で販売しようとした時は反対の声が多かった。
でも、薄くて、軽くて、しかもダウン並みに暖かいコートであれば3万8000円であっても欲しい人はいるのではないかと確信していました。
実は僕らのお客様からは、こういうコートを学生服にも取り入れてほしいというお声をいただいているんです。サステナビリティやアニマルウェルフェアへの関心も高まる中で、「ウールを着たくない」「ダウンを着たくない」といった方も増えてきている。そういった方達にとって、カポックを使った商品は一つの選択肢になり得ると感じています。
武内:KAPOK KNOTはクラウドファンディングで多くのファンを集め、近年では俳優の二階堂ふみさんとコラボした商品も展開しています。自社の商品がサステナブルであるということを知ってもらうためには、どのような伝え方が必要だと考えていますか?
深井さん:僕は、まず第一に大事なのは機能、次にデザイン、その上でサステナブルな商品であることを伝えていくべきだと捉えているんです。そもそも、機能やデザインだけで、その商品を買うかどうかを意思決定してもらえるような商品をまず作ることが何より重要で、その上で手に取った後に実はこの商品がサステナブルで地球に優しいことを知っていただく。このような順序が理想的ではないでしょうか。
武内:カンコーでもリサイクルしやすい素材や設計の「循環型学生服」を作ることを検討しています。ですが、深井さんの話を聞きながら、私たちの場合はまずはサステナブル、次にデザイン、その上で機能性という順序で考えていたことに気付きました。
深井さん:そのような順番で考えてしまう気持ちもよく分かります。ただ、消費者目線で考えてみると、どれだけサステナブルですと訴えても、それだけでは購買意欲は湧かないし、ワクワクしないと思うんですよ。
循環型学生服を作るまでの苦労やそこに費やす時間やコストもそれなりに大きいからこそ、その商品は果たしてお客様が着たいと思うものになっているのか、今一度問い直すことが必要かもしれないですね。
植物由来の素材へ置き換え、スクールウェアでも挑戦を
武内:未来の制服について、深井さんからご提案などあればうかがいたいです。
深井さん:KAPOK KNOTとして今後挑戦していきたいと考えているのは、ウールのような動物由来の素材をカポックのような植物由来の素材で置き換えていきながら、機能性を追求していくことです。
合成繊維の加工や素材のリサイクルなどをはじめ、ここまでテキスタイルの技術を持つ国は世界を見渡してもかなりレアな存在です。カポックをはじめ、新素材開発に取り組みながら、それらを加工し、世界中に売り出していくのは日本のものづくりにしかできないことだと考えています。
なので、学生服をはじめとするスクールウェアについても植物由来の環境負荷の低い素材を使った商品を作っていくというチャレンジは面白いし、取り組む意義があると思います。
先ほどもお伝えしましたが、カポックの実由来の繊維を使った薄くて、軽くて、暖かいコートを学生向けに展開するというのも一案ですね。
武内:「100点でなくてもいいから、100%でいく」。この考え方は私たちカンコーの開発においても、とても参考になると感じました。これからの開発業務においても、今日の学びを活かしていきたいと思います。たくさん貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
深井さん:僕も学生服メーカーさんがどのように開発をして、どのようなことに挑戦しているのか全く知らなかったので勉強になりました。カンコーさんのような大きな会社が変わろうとしていることをひしひしと感じましたし、その前向きな取り組みは僕らのようなスタートアップにとっても非常に参考になります。僕らも植物由来の素材で作った商品をより多くの人に届けられるように、これからも頑張っていきたいと思います。
連載「NextSchool Journey~学校生活の“これから”を探す旅~」ではこれからも、次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、未来に向けたヒントを集めていきます。
株式会社Dodici代表取締役の大河内愛加さんにお話を聞いた前回の記事はこちら→https://kanko-gakuseifuku.co.jp/lab/contents/nsl_journey4/