運動が苦手でも取り残されない

運動が苦手でも取り残されない
体育を変えるARスポーツの可能性

2023.11.14

カンコーが実施したアンケートでは、35%の中高生が「体育の授業が嫌い」と回答するという結果に。主な理由としては、授業で習う競技への「苦手意識」「疲れる」といったものが挙げられました。体を動かすことは子どもの成長にとって重要な要素ですが、ネガティブな感情はどう払拭できるでしょうか?

 

「カンコー学生工学研究所」が次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、ヒントをいただく連載「Next School Journey〜学校生活の“これから”を探す旅〜」。

 

今回訪ねたのは株式会社meleapの濱村智博さん。世界39カ国で展開される次世代AR(拡張現実)スポーツ「HADO」の学校教育への導入を進めています。「ネクストスクールライフ」を考える上での重点テーマ「Learning」を軸にお話を伺いました。

(左)濱村智博さん。株式会社meleap・Japan Sales Director。HADOの教育現場への導入を手掛ける。HADOは39カ国、109店舗を持ち、総体験人数は350万人を超える。年間50回ほどの公式大会を実施。
(右)菅公学生服「カンコー学生工学研究所」の田代祐希

学校が授業にARスポーツを導入する理由とは?

HADOは、プレイヤーが頭にゴーグル、腕にアームセンサーを装着してプレイするスポーツ。ゴーグルを装着することでデジタル情報が視認でき、エナジーボールを放ったり、防御のためにシールドを張ったりといった魔法のような体験をすることができるのです。

今回の対談は、聞き手を務めた田代祐希がお台場のHADO ARENAで体験し、スタートしました。

 

カンコー学生工学研究所・田代祐希(以下「田代」):HADO、とても楽しかったです! 動画で拝見していた時はスローな動きに見えていたのですが、実際に体験するとすごく俊敏な動きや戦略が求められることがわかります。

実は、「カンコー学生工学研究所」が7月に中高生を対象に実施したアンケートでは35%の学生が「体育の授業が嫌い」と答えています。HADOさんが学校の授業にも進出されていると伺って、今日はこの「運動嫌い」「体育が苦手」という学生に寄り添うヒントがARなどの最新技術を用いたスポーツにないかとお話を伺いに来ました。

HADOは学校教育にも進出していますよね。そもそも学校教育に着目した理由はなんでしょうか? また、学校が教育ツールとしてHADOに注目する理由も気になります。

自社調査:全国の高校生500名対象にインターネット調査を実施

濱村智博さん(以下:「濱村さん」):弊社のビジョンは、「テクノスポーツで世界に夢と希望を与える」というものです。テクノスポーツというのは私たちの造語ですが、かつてのモータースポーツのように、社会変化に応じて新しく誕生したジャンルだと思っています。

体格の差や、既存の体育の苦手・得意を超えて、誰もが平等に楽しめるインクルーシブな側面もあるのが特徴です。

こうした新しいスポーツ文化を根付かせていくためには、学校教育へ導入を検討して頂くのは不可欠だということで、2019年から試験的な体験授業を進めています。

 

田代:どのような学校で導入が進んでいますか?

 

濱村さん:青梅市立第二小学校、秦野市立本町中学校、学芸大学附属世田谷小学校、芝浦工業大学附属中学高等学校では、総合的な学習、探究学習や体育授業の一単元としてご活用いただきました。また、福岡第一高等学校のように、部活動で導入いただいているケースもあります。

東京都立豊島高等学校では、球技大会のクラスマッチに取り入れられました。それまで、球技大会を楽しめる生徒さんとそうでない生徒さんの差が大きかったそうなのですが、運動嫌いだったり、普段はおとなしい様子の生徒さんたちがかなり楽しんでくれたそうです。

引っ込み思案の子がどんどん前に出ていくように

田代:濱村さんご自身は、体育の授業をご覧になっていて、「体育が嫌い」という子どもたちについてどう思われますか?

濱村さん: 僕は、別に体育を嫌いだと言う自由はあってもいいと思いますが、体を動かすこともスポーツも本来は好きなのに、体育の授業がきっかけで「苦手」だと思い込んでしまっていたらもったいない。

身体運動を伴ったことで得られる学び、楽しさがありますよね。HADOはそれを届けられるコンテンツだと思います。

 

田代:アンケートでは、体育の授業が嫌いな理由に「恥ずかしい」というものもありました。運動が苦手なところを見られたくないという思いもあるのかなと思います。HADOさんが授業を展開される中では、恥ずかしさを気にする生徒さんはいらっしゃいましたか?

 

濱村さん:今のところ見受けられないです。ゴーグルで顔が隠れるのと、没入感が高いからか、結構性格が変わっちゃう子もいますよ。引っ込み思案だったのに、「え、どんどん前に出て行くじゃん!」みたいな(笑)。多分、恥ずかしさが引っ込むことで、本当の自分を出せるんですね。

持って生まれた運動能力は関係なく楽しめる

田代:自分らしさが出せるようになるんですか。それは興味深いですね。

一般的なスポーツと比べて、持って生まれた身体能力で大きな差がなさそうです。学校で導入を進めていく中、たとえば性別などによって、受け入れ方や楽しみ方に違いがあるようには見えますか?

 

濱村さん:エナジーボールは運動能力に関係なく誰でも出せますから、筋力が弱い方や、これまで「自分は運動神経が悪い」と思っていた方、特に女性は感動される方が多いですね。球技では球が思ったように飛んでいかないからとスポーツに苦手意識を持っていた方が、今はHADOの強豪チームに入っている、というエピソードもあるんですよ。

田代:なるほど! 運動能力がそれぞれに違うクラスメート同士で、対等な立場で戦略のコミュニケーションが取れるのは新鮮な感覚です。インクルーシブの観点でいうと、体が不自由な方でも楽しめるような可能性もあるのでは?

 

濱村さん:実際に、車椅子当事者で日常的にHADOを体験してくださっている方がいて、健常者と車椅子の子ども達でチームを組んで大会もしたことがあります。腕が振れて、移動ができれば誰でも参加できるのがHADOです。発達障害のお子さんが通っていらっしゃる学校、ろう学校でも体験していただいたことがあります。これからどんどん体験の場が広がっていく可能性はあると思います。

 

田代:体育の授業でも「協働的な学び」が重視されていますので、学校の先生も興味を持ってくださりそうです。

 

濱村さん:おっしゃる通りで、学校の先生は体育の授業で「いかに学びがあるか」ということを気にされる方が多く、HADOにも可能性を感じてくださっています。僕も、子どもたちが学びを見つけられる環境をどう作っていくか、という点が大事だと思います。

子ども向けのスクールもやっているのですが、もともと運動が好きじゃなかったという子どもたちがそこでHADOにハマって、チーム内でコミュニケーションを取れるようになり、その後野球部やサッカー部に入ったという話を聞きました。

これは、「身体運動を伴ったことで得られる学び」をHADOが提供できた事例なのかなと思います。

これまでの体育を助け、これからの体育をつくる

田代:お話を伺っていると、全く新しいスポーツという側面もありながら、既存の体育や、スポーツにもブリッジする可能性があるのが興味深いですね。

 

濱村さん: そうですね。僕らはHADOが完璧だとは思っていなくて、例えば、これまでの体育が子どもたちに教えてきた「技能」(球をまっすぐ投げるなど)の部分はウィークポイントです。

ただ、HADOをやることで、的を狙う感覚や、チームメイトとコミュニケーションを取って戦略的に動く習慣も身につくので、それが他の競技にも生きてきます。なので、今HADOを導入してくださっている学校には、HADOと他の一般的なスポーツの競技を交互で授業していらっしゃるところもあります。

 

既存の体育の授業をある種サポートする部分と、既存の体育ができなかった体験を提供する部分、両方を担っていけたらいいなと思います。

田代:ARスポーツと体育を掛け合わせることで、子どもたちの授業への興味が増すだろうという感じが伝わってきます。既存の競技に苦手意識があると、戦術を組み立てたり技能を身につけたり、というスポーツの楽しみにたどり着けなかったりする。HADOでその苦手意識が払拭されるんですね。

私たちのアンケートで「もし体育の授業にあれば参加したい種目」を聞いてみたのですが、そこでもARを使用したスポーツが一番人気でした!

濱村さん:現場の先生たちも好意的に捉えてくださっている方が多いです。デバイスの取り扱いに不安を感じられるケースもあるのですが、HADOって、デバイスを使うスポーツの中でも導入はかなり楽なほう。使っているのも、ゴーグル以外はiPhoneやWindowsのノートPCといった日頃から皆さんが触れているものです。

そういう点で、学校の「GIGAスクール構想(※)」ととても相性がいい。将来的には学習指導要領に推奨科目として、やがては必修科目にしていただく、というのを目指していきたいですね。

(※)日本全国の児童・生徒1人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組み。2019年からスタートしている。

10年後、15年後の子どもたちを思いながら

田代:お話を聞いてますます、ARスポーツが今後学校教育の領域で注目されていくのでは、と可能性を感じました。商品を開発していくにあたって、このように子どもたちの感じていることや学校の最新のニーズを受け止めていきたいと感じます。

そういえば、HADOのチームを作っている皆さんは、ユニフォームはどうされているんですか?

 

濱村さん:どのチームも独自にお揃いのユニフォームを作っていますよ。でも、「HADO向け」に開発されたウェアやシューズはまだないんです。

 

田代:そうなんですね。ゴーグルをつけると、服から飛び出て見えるエフェクトがあるユニフォームとかあったら面白いですよね。オーラが浮き上がって見えたりとか……。

 

濱村さん:いいですね、めっちゃやりたいです(笑)。

 

田代:何か一緒に開発ができたら面白そうです。

ARスポーツが当たり前になった未来の体操服づくりは、たくさん新しい視点が必要ですね。10年後、15年後は子どもたちを取り巻く環境はもっと変わっているはずです。今日学んだことを持ち帰り、未来の体育について考えるヒントにしていきたいと思います。

 

 

連載「NextSchool Journey〜学校生活の“これから”を探す旅〜」ではこれからも、次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、未来に向けたヒントを集めていきます。

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