“自分らしさ”を活かすには?

“自分らしさ”を活かすには?
感覚過敏の加藤路瑛さんと考えました。

2022.10.14

“たった一人”の困りごとを真剣に掘り下げていけば、 もっと“みんな”の学校生活が心地よくなるのではないかーー

「カンコー学生工学研究所」が次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、ヒントをいただく連載「Next School Journey〜学校生活の“これから”を探す旅」。

今回訪ねたのは、聴覚・嗅覚・味覚・触覚が人よりも敏感で、生活のさまざまな場面で生きづらさを感じてきた「感覚過敏」の当事者であり、現役高校生の加藤路瑛さん。

学校内でも色々な困難を感じていたという加藤さんですが、現在は、起業家として同じ感覚過敏に悩む人々の課題解決をするための製品開発や研究に取り組んでいます。

加藤さんが大切にしているのは「たった一人の困りごとをじっくり掘り下げていく」こと。「ネクストスクールライフ」を考える上での重点テーマ「Identity」を下敷きにしながら、お話を聞きました。

(左)加藤路瑛さん。2006年生まれ。株式会社クリスタルロード代表取締役社長。感覚過敏研究所所長。

「親子起業」と銘打ち、12歳で母親と起業。子どもの起業支援事業を経て13歳で「感覚過敏研究所」を設立。

感覚過敏の啓発、対策商品の企画・製作・販売、感覚過敏の研究に力を注ぐ。著書に『感覚過敏の僕が感じる世界』(日本実業出版社)。
(右)菅公学生服「カンコー学生工学研究所」の澤埜友梨香

音、ニオイ、着るもの。「すべてがつらい」

カンコー学生工学研究所・澤埜友梨香(以下「澤埜」)

今日はよろしくお願いいたします。

まずは改めて、加藤さんの感覚過敏について教えていただけないでしょうか。

 

加藤路瑛さん(以下:「加藤さん」)

「感覚過敏」というのは一般的に、視覚や聴覚などの感覚が過敏になり日常生活に困難を抱えている状態のことを言います。

僕は中学1年生で不登校気味になって、2年生で通っていた私立中学をやめました。理由は感覚過敏だけではありませんが、つらかったのは事実です。

休み時間に同級生が騒いでいるとすぐに体調が悪くなってしまったり、給食の食べ物のニオイもきつくて…。学校生活で音やニオイの刺激がやむことはありませんでした。

澤埜:制服も痛くてあまり着られなかったと聞き、胸が痛みました。著書『感覚過敏の僕が感じる世界』では、「ご飯を食べたくない」と言う加藤さんに対して、周囲から「農家の方が心を込めて作った食材なんだから」「食べられない貧しい子もいるんだよ」と言葉をかけられてつらかったという心情を書かれていましたね。

「そんなことわかってる、けどできないから言ってるのに……」という、理解されなさ。

感覚過敏は目に見えないし、存在もあまり知られていない。それゆえに「単なるわがままなんじゃないの?」「我慢したら済んじゃうことじゃないの?」と言われることも一層多かっただろうなと思い、胸が詰まる思いでした。

加藤さん:僕が感覚過敏に気づいたのは、中1の後半だったんですが、それまでは自分でも何が何だかわかってなくて、ただつらかったですね。

 

澤埜:感覚過敏に気づいたのはどんなきっかけだったんでしょうか。

 

加藤さん:学校でいつものように具合が悪くなって、保健室に行った時のことです。「シャーペンのカチカチという音やエアコンの送風の音で体調が悪くなる」と保健室の先生に話したら、「それって、聴覚過敏じゃないかな?」と教えてくれたんです。家に帰ってから調べてみたら、聴覚、嗅覚、触覚などさまざまな感覚過敏の症状が自分に当てはまると気づいて、「あ、自分って感覚過敏だったんだ」と初めて気づきました。この時は、自分のつらさに名前がついて、安心したというか…心が軽くなりましたね。

それまでは、なぜ自分がこんなにつらいのか、わからなかったんです。何ならみんなも同じつらさを抱えているんじゃないかとさえ思っていたんですが、理由がやっとわかった。理由がわかると、人混みをなるべく避けるとか、苦手なものを無理に口にしないとか、対策方法もわかってきて、随分生きやすくなりました。

「わかる」ということは、一つの助けになるなと思っていますね。

 

澤埜:さまざまな不安や痛みに名前をつけることや名前を知ることの意義を感じますね。もちろんそれがあることで一層つらくなることもあるでしょうが、言葉があることで救われたり、誰かにわかってもらいやすくなったりしそうです。

そして最終的には、わざわざ特別な呼び名が必要なくなるような社会を目指していくということも、大事かもしれませんね。

「自分のため」から「誰かのため」への転換

澤埜:加藤さんご自身の経験について伺ってきましたが、現在は、同じように感覚過敏でつらい思いをしている方たちの課題解決を目指す事業を営まれていますよね。今日着ていらっしゃる、タグがなくて縫い目が外側にある洋服もそうです。

自分の困りごとに対処するだけでも大変なのに、感覚過敏の人たちの課題を起業家として解決していこうと志すのはすごいことですね。

 

加藤さん:実は最初から、感覚過敏にまつわるビジネスをしていたわけではないんです。

子どもの頃から働くことに憧れていた僕は、12歳の時、小学生で起業した人の存在を知り、「僕も社長になりたい」と親に相談しました。

最初は別の事業を構想していましたが、父に「せっかく自分の会社を持っているんだったら、自分の困りごとを解決してみたら?」 とアドバイスされたのがきっかけで、感覚過敏に関する事業に転換することに決めたんです。

今は、感覚過敏の啓発や研究、感覚過敏の人向けの商品・サービスの企画・製作・販売などを行っています。「かびんの森」というコミュニティには、感覚過敏の当事者や家族など約700人が参加してくれており、日々情報交換やニーズの発掘を行っています。

澤埜:「感覚過敏」のように、ともすれば自分を苦しめ続ける「特性」を、ポジティブに個性や強みに転換しているように感じます。その秘訣は何でしょうか。

 

加藤さん:僕の場合は、自分の困りごとを起点に事業を行っているので特殊といえば特殊で、全ての人が同じように思えるかというと難しいところはあります。

ただ、一つ言えるのは、感覚の過敏さを「誰かのために使える」と考えた瞬間に、自分自身への捉え方が変わったということです。自分に自信を持てたり、感覚過敏をもっとちゃんと知ろうという気持ちになれたりするんですよね。

そういう意味では、自分の特性や個性を「誰かのため」「社会のために」活かせる場所を作っていけるといいのかなと思います。

「誰かの困りごと」の解決が「みんなの生きやすさ」へ

澤埜:これも著書で拝見したエピソードですが、感覚過敏の人向けにつくられたTシャツを、感覚過敏を持っていない人が着用して「今までにない感覚だ」「普段のTシャツには戻れない」と喜んでくれたというのは印象的です。

 

加藤さん:そうなんです。僕は、感覚過敏を持っている人にとって「快適な」空間やサービスは、感覚過敏を持っていない人にとっても「すごく快適な」ものになるんじゃないかと思っているんです。

もちろん一番届けたいのは感覚過敏の人なんですが、「感覚過敏向け」と限定的ではなく、むしろ全ての人に広がっていって欲しい。いつのまにか「これって普通の服だよね」となっていった先に、「実はコレ、最初は、感覚過敏の人に優しいものとして開発されたんですよ」と言われているようなイメージなんです。

誰かの悩みを解決しようとしたら、世の中の景色や「普通」がいつのまにか変わっているような。そんな形で課題解決ができたらいいなと思っています。

 

澤埜:その考え方は、私たちの制服作りにも共通する部分があると思います。

最近では、トランスジェンダーの方の声に応え、女子制服でもスラックスの採用が増えてきましたが、今では当事者だけでなく多くの方に広く着用されるアイテムになってきています。

これは、加藤さんが目指すモノづくりのあり方と共通点があると感じます。

誰かの困りごとの解決は、やっぱり、みんなの心地よさにつながっていくんですよね。その視点でさらに我々も選択肢を作っていきたいです。

もっと自分を表現しやすい「空気」って?

澤埜:一方で、実際に教室の中に目を向けてみると、加藤さんのように自分の困りごとやつらさをうまく表現できない学生もたくさんいる気がします。

 

加藤さん:今はやっぱり、あんまり自己主張をしない方がいいという空気感がありますよね。困りごとや生きづらさを感じていても、「言えば迷惑がかかるだろうな」と我慢する人が多い。

人間は誰しも迷惑をかけあって生きているので、迷惑は「かけていいものだ」というマインドセットがもっと広がるといいんですけどね。

あとは、発信や自己表現が難しい理由に「言っても相手に理解してもらえないんじゃないか」という恐怖があるように思います。

でも、そもそも人に理解してもらうことってすごく難しいこと。だから僕は「理解されたらいいよね」「わかってもらえたらラッキー」くらいの気持ちで常にいるようにしています。だからどんどん自分のことを発信できるんです。

自分を表現するのは怖いことだと思うんですが、もう少し「理解されたらラッキー」くらいの気持ちで、お互い相談し合ったり、迷惑をかけ合ったりできるような空気感のある社会になればいいなと思います。

 

澤埜:本当にそうですね。

我々の研究所が高校生を対象にとったアンケートでは、「人との違いに不安を感じる」「皆と同じという安心感が欲しい」と回答した方が過半数いました。

子どもたちの価値観調査 自分らしさ

自社調査:全国の高校生500名対象にインターネット調査を実施

しかし、さらに多くの人が「人との違いは自分らしさに繋がる」と考えていたんです。

自分らしくいたいし、みんなとも繋がっていたい。一見すると矛盾しているようにも見える感情が、矛盾しない未来になって欲しいです。

 

加藤さん:そうですね。人との違いに不安を感じるというのは誰しもあると思うんですけど、人とコミュニケーションしていくうちにその違いが個性になっていくんだと思うんです。良い面も悪い面もその人の特徴として見えてくる。

結局は人と触れ合って、違いを個性として(自他ともに)認められるものにしていくんだろうなと思いますね。

 

澤埜:そのために制服が果たせる部分もあると思うんです。制服には、首元のアイテムやシャツの色を変えられたりするものも多く、「今日はそれを選んだんだね」「その組み合わせいいね」などの会話もよく交わされていると聞きます。

「制服」という、ある程度の枠組みがあるものの中で「自分らしさ」を発揮するからこそ、コミュニケーションや「人とのつながり」が生まれるんじゃないかと思っています。

もちろん同時に、そういう生徒たちの工夫を受け止めてくれる存在が大事なのは言うまでもありません。

選択肢を増やすことと、伝えることを「両輪」で

加藤さん:学校の中にいる人たちは、そもそも(自分たちのとり得る)選択肢を知らなかったり、選択肢があるということ自体に気づけていないことが多々あります。

宗教や病気や障がいのみならず、教室の中を見渡せば、人それぞれ好き嫌いも、得手不得手もある。そうした一人一人にひらかれた選択肢を用意したり、選択肢について知る機会や場所をどんどん増やしていくことを、カンコー学生服さんのような企業には期待したいです。

 

澤埜:本当ですね。取り組んでいることはあっても、皆さんに情報が十分に届いていないというのは我々も痛感しているところです。商品での解決と情報発信、両輪でやっていかなくてはならないと改めて感じました。

いま、弊社が加藤さんと共同開発させていただいている「感覚過敏の方向けのシャツ」でも、この両輪を意識しながら意見を出し合っていきたいです。

 

加藤さん:そうですね。今後シャツに限らず、様々なアイテムにもっと選択肢を増やし、しっかり発信もしていきたいですね。

僕自身、制服が痛くてあまり着られなかった記憶があるので、感覚過敏でも着やすい制服や体操服をどんどん一緒に考えていけたら嬉しいです。

 

澤埜:ありがとうございます。加藤さんのようにリアルな感覚をお持ちの方に、商品企画から関わっていただけるというのは、かなり意義深いアプローチだと感じています。我々がこれまで実践してきた「当事者の声を聞き、寄り添う」というところから、一歩踏み込めている気がします。

より良いネクストスクールライフをともに探っていくべく、引き続きどうぞよろしくお願いします。

今日はありがとうございました。

 

加藤さん:ありがとうございました。

 

 

連載「NextSchool Journey〜学校生活の“これから”を探す旅〜」ではこれからも、次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、未来に向けたヒントを集めていきます。

 

エシカルファッションプランナーの鎌田安里紗さんにお話を聞いた前回の記事はこちら→ https://kanko-gakuseifuku.co.jp/lab/contents/nsl_journey1/

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