これからの「制服」は、どうなっていくのでしょうか。
「カンコー学生工学研究所」は日々、制服メーカーの存在意義を問い返しながら、制服・体操服の枠にとどまらない「ネクストスクールライフ」のあり方について研究開発を続けています。
しかし、価値観や地球環境がどんどん変化していく中、正解のない問いを「自分たちだけで」考え、実践していては限界があるのも事実です。
そこで、私たちは、次世代を担うイノベーターや専門家にヒントをいただく“旅”に出ることにしました。連載「NextSchool Journey〜学校生活の“これから”を探す旅」です。
今回訪ねたのは、エシカルファッションプランナーの鎌田安里紗さん。
「ネクストスクールライフ」を考える上での重点テーマの一つ「サステナビリティ」を軸に、若い世代の環境に対する意識の変化や、制服の“これから”について話し合いました。
(左)一般社団法人「unisteps」の共同代表でエシカルファッションプランナーの鎌田安里紗さん。
衣服の生産地を訪ねるスタディツアーの企画や、種から綿花を育てて服づくりのプロセスをともに学ぶ「服のたね」プロジェクトなどに取り組む。
(右)菅公学生服「カンコー学生工学研究所」の松田紗季
いつ、誰が、どこで縫ったか? トレーサビリティの重要性
カンコー学生工学研究所・松田紗季(以下:「松田」):
今日は色々とディスカッションできるのが楽しみです。よろしくお願いします。
鎌田安里紗さん(以下:「鎌田さん」):
こちらこそよろしくお願いします。学生服メーカーの実態について伺えるのは私にとっても貴重な機会で嬉しいです。
まず「目線合わせ」のために、私が気になっていることを質問したいのですが、大丈夫ですか?
松田: ぜひ、お願いします。
鎌田さん:ファッション業界ではかねてから、服作りのプロセス(原料の調達、生地や洋服の製造、輸送や販売)が長く、複雑であることが指摘されています。環境や人権に配慮したものづくりが求められているのに、どこでどんな問題が起きているか、あるいは改善が進んでいるかが、把握しづらいからです。
カンコーさんの学生服は、その点どうなんでしょうか。
松田: 弊社の商品は全て一つ一つ、いつどこで作られた生地が、いつ工場に入荷して、それがいつどの工場のどのラインで縫われて製品になったか、というのが追えるようになっています。
鎌田さん:そうなんですね。今さらっとおっしゃいましたけど、こうした「トレーサビリティ(追跡可能性)の確保」は、一般的にはできてないケースも多く、すごく重要だと思います。
生地や糸、原料となるコットンやウールまで、全てを遡るのは本当に大変なこと。しかし、コットン農場や縫製工場など、服づくりの過程では現にさまざまな労働環境の問題や自然破壊が起きてしまっており、自社の製品が作られる過程を把握しておくことはとても大事なことなんですよね。
松田:工場で使う針や裁ちバサミにも細かい管理表があり、何月何日に誰が使っているかがわかるようになっています。
「そこまでやってるの?」とよく驚かれるのは、自社工場で使っている針には「カンコー」という刻印を入れているということ。万が一、商品に針のようなものが混入しているとなった時に、工場での混入なのかどうか見分けがつくようにです。
学生に毎日着ていただくものですし、安全性のために、ありとあらゆる手を尽くしており、それがトレーサビリティに繋がっていると考えています。
買う時も、手放す時も。もっと選択肢が必要
鎌田さん:サステナビリティの観点では、リユース・リサイクルの推進も重要なポイントです。制服の回収やリサイクルについては、どの程度取り組まれていますか。
松田:制服を回収して玄関マットやプランターなどにリサイクルするという取り組みは過去に実施しておりますが、制服を回収してまた制服に作り替えるというところまでは、まだ至っておりません。
3年間しっかり着ていただける耐久性を確保するために、制服にはウールやポリエステルなど様々な原料を混ぜるのですが、それが再利用時の技術的ハードルをあげていたりします。
鎌田さん:そうなんですね。耐久性や堅牢性という言葉は私も普段メーカーさんからよく聞きます。
ものづくりの方たちの品質に対するこだわりには頭が下がる一方で、ユーザー側の感覚や価値観も変わります。お客さんは実はそんなに求めていなかったり、それより優先してほしいこともあるかもしれない。
「品質」というものに対する考え方も見直す時期にきているのかもしれないとも思います。
松田: 本当に「価値観」そのものの転換が必要ですよね。
制服って「思い出が詰まっているので手放したくない」「大学生になってもテーマパークに着ていきたい」という方もとても多いんです。それはそれで大変嬉しいことではありながら、「回収・再利用」に対する価値観は変化していくべきだとも思います。その変化を捉え、私たちもともに変わっていきたいです。
鎌田さん:「全部こうあるべき」「これが普通」ではなく、もっと選択肢が整っていて、皆さんが自分なりに選べる状況があったらいいんでしょうね。
パリっと新品の制服を着たい人はそれでいいし、お下がりや古着でもいい。一生大事に保管する人もいれば、手放す人もいる。もし「手放す」ことを選んだ時に、「これを預けたら、確実にリサイクルされて、別の誰かの役に立つんだ」と思える状況が整っていることも必要ですね。
松田:そうですね。ここは私たちが(回収・再利用に関する)仕組みや選択肢をきちんと整え、同時にしっかり発信していくといった両輪での努力が大事だと改めて思いました。
若い人が感じる「罪悪感」。産業や大人の責任は?
松田:さて、今日の本題は、「サステナビリティ」の視点で、制服や学校生活の“これから”について考えることですが、そのためには実際に着てくださる学生のことを理解せねばなりません。
普段、若い世代と接する機会も多い鎌田さんから見て、若い人たちの環境やサステナビリティへの意識は、上の世代に比べて高いと感じますか。
鎌田さん:若い人ほど意識が高いかはわかりません。でも、「服作りの過程でこんな悪影響があります」とか「働いている人の環境が劣悪な場合があります」と聞いた時に、シンプルに「それなら着たくない」と言ってくれやすいのは、若い人かもしれないです。
大人になると「ま、色々あるよね」という感じになってしまいがちじゃないですか。受け流すわけじゃないけれど、飲み込めてしまうところがある。若い人ほど「1人の人間として嫌だな」という気持ちに向き合って、罪悪感を感じているというのはあると思います。
高校生や大学生から「オシャレをすることに罪悪感を感じてしまう」と相談されることもよくありますね。
松田:私たちが高校生に対して実施したアンケートでも、環境問題への関心や、将来の地球環境に対する不安を感じている割合が高い一方で、自分をすごく微力だと感じてしまっているのがわかります。
「実際に何か取り組みをしていますか?」という問いに対しては、「コンビニでレジ袋をもらわないようにする」や「節電をこまめにする」など、社会的に制度や手法が整っているものの割合が高い。
関心もあるし何かやりたいと思っているけれど、仕組みが整っていない部分にまで自分たちが何かできるとは思えていないんでしょうね。
自社調査:全国の高校生500名対象にインターネット調査を実施
鎌田さん:「エシカル消費」という言葉もよく使われるようになりましたが、「いいことをしたい」というよりも実は「ギルトフリー(罪悪感の最小化を目指す消費)」の側面が強いんじゃないか。知人がそう話していて、まさにその通りだと思いました。
インターネットを通じてさまざまな情報が入ってくる社会で、自分の買っているものが全くの無罪とはとても思えない。若い世代に感じさせている罪悪感を、産業側が変えていかなきゃいけないですよね。
松田: そうですね。「何か行動したいけど何をしたらいいかわからない」という学生たちに対して、「こういうことができるよ」と提供できる大人であり、会社でありたいと改めて思いました。
SDGsやサステナビリティは「自分の問題」だと感じてもらうために…
松田:最後に、「制服・体操服」の枠だけにとどまらず、学生の豊かな学校生活を支えていく企業として何ができるのか。鎌田さんのご意見を伺いたいです。
鎌田さん:制服という素晴らしい製品を通じて「体感や気づき」のきっかけをどう持ってもらえるかが大事な気がします。
私が主催している「スタディツアー」で、コットン畑を訪ねた帰りに、19歳の参加者が「服って本当に植物だったんですね……」と言っていたのが印象的でした。
知識として知っていることでも、実際に土から生えている場所でコットンを収穫して、そこから種を取り、糸にして、機織りをしてハンカチを作るという工程を体感すると、情報の入ってき方が全く違うんですよね。
松田:まさにそこは、私たちの頑張りどころです。学生たちにとって身近な存在だからこそ、制服が1つの教材として色々な気づきを提供できるんじゃないかと思うんです。
鎌田さん:「環境問題」や「人権問題」などと、社会問題の“いちトピック”として学ぶと、自分から遠い話のように感じてしまうけど、自分の生活・衣食住から逆算し、その過程で起きている問題として出会うと、実感として入ってくるんですよね。
「SDGs」や「サステナビリティ」などについて学ぶ機会も増えていますが、トピックがまずあって「こういう問題があります」「解決してください」という順番になりがちですよね。もう少し、自分の側からはじめて「ここが問題かも」「マシにしていくにはどうすればいいんだろう」という方向で考えることも必要だと思います。
松田:近頃は学生の方から「制服にこういう選択肢を持たせてほしい」と声をあげるパターンも増えている気がします。
「学校の先生たちを説得したいから制服メーカーさんにインタビューさせてほしい」とお願いされたこともありました。
鎌田さん:素晴らしいですね。
一歩外の立場から見ると、制服だからできることって本当にたくさんあるなと改めて思います。
ファッション衣料と違って、求められる機能が明確だったり、購入や手放すタイミングが予測しやすい。環境に配慮した材料調達や、働き手の権利保障など、サステナビリティを考える上での重要なポイントをクリアし、その上で「回収・再利用」を含む循環の仕組みを先行して作っていけると期待しています。
制服メーカーといえば、文字通り「制服をつくる」のが主たる業務だと思うのですが、サステナビリティの観点から見ると、制服メーカーはファッション業界全体をリードしていく存在にもなりうるんじゃないかと思います。
他の洋服ではなかなか着手できないところをどんどんリードしていっていただきたいです。
松田:ありがとうございます。鎌田さんとお話して、やっぱり社外の方々との連携が不可欠だと再認識しました。
制服メーカーが「制服・体操服」の枠を超えていかに環境・社会に貢献できるのか。普段から模索していることを、より広い視野で考えることができました。
色々な方たちのお力を借りて、一緒に行動していくことで、より良い「ネクストスクールライフ」を提供できる存在でありたいです。
連載「NextSchool Journey〜学校生活の“これから”を探す旅〜」ではこれからも、次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、未来に向けたヒントを集めていきます。
次回は「感覚過敏研究所」所長の加藤路瑛さんです。→ https://kanko-gakuseifuku.co.jp/lab/contents/nsl_journey2/