
時代とともに変化する子どもたちや学校のニーズや課題と向き合いながら、ものづくりを続けてきた菅公学生服。未来に向けて「NEXT SCHOOL LIFE」を描いていくために、これからのものづくりはどう進化していくべきなのでしょうか。
「カンコー学生工学研究所」が次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、ヒントをいただく連載「Next School Journey〜学校生活の“これから”を探す旅〜」。
今回訪ねたのは、株式会社DG TAKANO代表取締役の高野雅彰さん。世界の水不足問題の解決を目指し、水の使用量を最大で95%削減できる節水ノズル「Bubble90(バブル90)」や水ですすぐだけで汚れが落ちる食器「meliordesign(メリオールデザイン)」など、驚きの性能を備えた新製品を生み出してきました。
こうしたイノベーティブなものづくりの根底にあるのが、「デザイン思考」という考え方だと言います。
“これからのものづくり”のヒントを求めて、高野さんにお話を伺いました。

(左)菅公学生服「カンコー学生工学研究所」の田中亜子。先生向け課題解決型情報発信サイト「Teacher with」や成長期の女子に最適なウェアの研究を担当している。
(右)株式会社DG TAKANO代表取締役の高野雅彰さん。「Bubble 90」や「meliordesign(メリオールデザイン)」など革新的な節水用品を手がける。
「世界で売れるものを」ーー“節水”との出会い
カンコー学生工学研究所・田中亜子(以下、「田中」):まずは、水不足というテーマに注目されたきっかけや、そこから事業を立ち上げるに至った背景を教えていただけますか。日本では蛇口をひねればいつでもきれいな水が出てくるのが当たり前で、水不足を身近に感じる機会は少ないようにも感じます。
高野さん:高校時代、「家業を継ぐのもサラリーマンになるのも嫌だ」という消去法から起業を選びました。最初から「これを解決したい」というテーマがあったわけではないんです。
起業するにあたって自分に課した目標のひとつが、「40歳までに一生分を稼いで、引退できる状態をつくる」というものでした。
とはいえ、お金そのものが欲しかったというよりも、「時間や人生の主導権を早めに取り戻したい」という考えが根底にあったんです。
“生涯年収”という視点で考えると、サラリーマンの一生分は2〜3億円。でも、それを短期間で得たら、税金で半分近くを支払うことになります。つまり最低でも6億円以上が必要になります。
でも僕の性格からして、6億円を目標にしたらきっと未達になる。だったら、最初から目標を高くしておこう。「100億円を目指せば、たとえ10%の達成でも10億円にはなる」——そんな“発想の転換”が、すべての出発点になりました。

田中:目標設定の段階からスケールが本当に大きくて、刺激を受けます。
高野さん:その時から、「成功しても1億円にしかならない事業はやらない」と決めていました。“成功したらどれだけの人に届くか”が、挑戦する価値を決めると考えたんです。となると、大阪だけ、日本だけで完結する事業では届かない。世界中に届くもの。世界中が困っていること。そう考えて、「世界の社会課題」をひとつひとつ調べていきました。
その中で目に止まったのが“水の問題”だったんです。
「水は作れないけど、節水なら世界中の困っている人を助けられるかもしれない」。そう思って市場を調べてみると、参入している大手企業はほとんどなく、既存の節水製品も満足できる性能ではなかった。
「ここなら勝てる。しかも、世界に貢献できる」。そう確信して、節水ノズルの開発に挑むことを決めたんです。
田中:なるほど、もともと世界で勝負することを前提にしていたからこそ、水不足問題に着目されたのですね。ゴールからの逆算でキャリアを築かれていく姿は新鮮です。
最初に手がけたBubble90はどのような製品なのでしょうか。
高野さん:水を小さな玉のようにして連続的に飛ばし、汚れに直接ぶつける「脈動流」という仕組みを使った節水ノズルです。1つ1つの水の玉が汚れに直接当たるので、軽くすすぐだけで汚れをきれいに落とすことができます。これまで脈動流を起こすには電力が必要だったのですが、Bubble90は世界で初めて水道水圧だけで脈動流を起こすことに成功しました。現在、国内の大手レストランチェーンで8割、スーパーの5割で導入されています。

DG TAKANOの節水ノズル「Bubble90(バブル90)」(DG TAKANO提供)
田中:非常に画期的な製品ですね。どのように開発されたのですか。
高野さん:僕の実家は東大阪で町工場を営んでおり、金属加工で高い技術を持っています。既製品のノズルを手に取る中で、実家の町工場の技術力と設備を使えばもっと性能の高い製品を作れると考え、開発に乗り出しました。
工場の空いている機械を使わせてもらい、機械の操作やプログラミングを一から独学。父の助けも借りながら、何千回と試作を重ねました。
最初に完成したのは、節水率74%のプロトタイプです。すでに巷に出回っている既製品の約2倍の節水性能がありましたが、その時点ではまだ商品化はせず、改良を重ねて95%まで高めてから世に出しました。節水の余地を残した状態で販売すれば、他社に上回られるリスクがあります。営業力もブランド力もない当社が勝つには、他社が戦意を喪失するくらい圧倒的な差をつけてから出さなければと考えたんです。
7号目まで登っては下山…“常識を覆す”お皿が生まれるまで

田中:Bubble90の次に開発されたのは、意外にも“お皿”でした。使う側からすれば近くにあるものですが、“ものづくり”の観点では水道ノズルと食器とでは距離がありますよね。
高野さん:Bubble90の開発で、蛇口側ーーつまり“洗う側”の節水は極限まで極めることができました。それならばと、今度は“洗われる側”である食器に注目したんです。目指したのは、水だけで汚れが簡単に落ちる食器でした。
もちろん、食器作りの技術はゼロ。さまざまな技術を持つ企業を訪ねて共同開発を打診しましたが、「完成するかも売れるかも分からないものに投資はできない」と、大半は門前払いでした。協力を得られても、開発が7合目あたりまで進むと「この技術では頂上までいけない」という限界が見えてくる。仕切り直して、また別の技術で登り直す――そんな試行錯誤を繰り返しました。
最終的にたどり着いたのが、ナノテクノロジーという技術です。皿の表面にナノレベルの凹凸加工を施すことで、汚れと食器の間に水が入り込み、汚れを浮かび上がらせることができます。構想から完成までに約5年かかりましたが、とにかく他の追随を許さない圧勝するプロダクトを目指した結果です。

DG TAKANOの“すすぐだけで汚れが落ちる”皿「meliordesign(メリオールデザイン)」(DG TAKANO提供)

田中:当社も「学校現場や子どもの課題を解決したい」「これからのより良い学校生活に貢献したい」という思いを出発点に、さまざまな企業と協業しながらスクールウェアをはじめとする新製品の開発に取り組んでいます。ただ、ある程度まで進めていくと「やはり難しい」となり、当初の目標から妥協して着地してしまうことも正直あります。ですから、ぶれることなく5年間やり抜かれたという点は本当にすごいなと感じました。諦めずに進み続けられたのは、なぜだったのでしょうか。
高野さん:漠然とではありますが、この皿は単に食器洗いを便利にするだけではなく、世界を大きく変える可能性がある、という予感がありました。たとえば、洗剤なしに皿洗いができれば、洗い流された残飯の再利用が可能になり、食糧問題や気候変動の解決にもつながるかもしれない。他の社会課題に一度にアプローチできる可能性を秘めていると感じたからこそ、チャレンジするだけの価値があると信じて、頑張ることができたのだと思います。
一方で、矛盾するようですが、「ただ時間をかければいい」というものではないとも思っています。むしろ今は、最短で結果を出すことが求められる、ますますシビアな時代になっていると感じます。
イノベーションの原点、「デザイン思考」とは
田中:ここまでお話を聞いていて、課題起点でものづくりをしてこられた様子が印象的でした。
高野さん:私たちは、自分たちを「ものづくりをする“デザイン会社”」だと位置付けています。“デザイン”と聞くと、見た目の装飾を思い浮かべるかもしれませんが、本来は“設計”、つまりコンセプトや戦略の設計を意味します。まず課題があり、その解決策を考えて、必要な技術を集めるーーそれが“デザイン思考”のものづくりです。アップルやテスラも、この発想でものづくりをしています。
一方で、日本の製造業は「自分たちの技術やノウハウを活かして何を作るか」という“技術者の視点”でのものづくりが大半。そもそもの出発点がまったく違うんです。
当社がノズルの次にお皿を開発したのも、デザイン思考だからこそです。技術者の視点だと、ノズルの技術を活かして、次は蛇口やシャワー、トイレを開発し「小さなTOTO」を目指す方向に向かっていくでしょう。しかしデザイン会社の視点では、水不足という課題を起点に考えるため、洗う側の蛇口に対する相方は、洗われる側のお皿だという発想になるんです。
田中:当社も、創業170年ということもあり、おっしゃられた“日本の典型的な製造業”の発想が主流です。「自社の技術をどう生かすか」という考え方自体は間違いではないと思いますが、一方でそれだけではこれからの時代を乗り越えられないという危機感もありました。
私たち「カンコー学生工学研究所」も、そうした問題意識のもとに日々活動しています。子どもたちの変化を「カラダ・ココロ・時代・学び」という4つの視点から調査・分析した上で、未来の学校生活(「NEXT SHOOL LIFE」)をより良くするための価値提供をしていきたいと考えています。
ただ、どうしても“自社技術ありき”の思考に引っ張られがちなのは、今もなお感じている課題ではあります。
高野さん:日本の多くの企業が似たような苦しみを抱えていると感じます。技術力で勝ち抜いてきたという成功体験から“技術至上主義”が根強いんですよね。これは確かに強みではありますが、その弊害として、デザインやブランディング、マーケティングを軽視しがちなのではないか、と僕自身は見ています。
「作りたい未来」に向けて学校生活を“トータル”でデザインしていく

田中:「カンコー学生工学研究所」では、「NEXT SCHOOL LIFE」を考える上で6つの重要テーマを設定し、それに紐づくビジョンを掲げています。いわば、私たちのものづくりの出発点となる目標です。デザイン思考の視点から、ぜひ高野さんのご意見を伺いたいです。

「NEXT SCHOOL LIFE」 6つの重要テーマ(カンコー学生工学研究所 作成)
高野さん:率直に言って、耳心地のいい言葉が並んでいるけれども結局どうしたいのかがわかりにくい、と感じてしまいました。見ている視点がまだまだ近距離すぎるんじゃないでしょうか。もっと遠いところから落とし込んでいく必要があると思います。
具体的には「どんな日本の未来をつくりたいのか」というところから改めて組み立ててみるのはどうでしょうか。子どもたちは、その未来を背負っていく存在なのですから。
もし僕がデザイナーなら、“選ばれる人”をつくる日本にしたい、そのための学校システムを考えたい、と思います。カリキュラムや思想といったソフトだけでなく、制服や学校設備といったハードも含め、すべてのシステムを“選ばれる人づくり”という一つの方向に向けて、トータルにデザインしていく必要があると感じます。
田中:ありがとうございます。おっしゃる通りで、「何を成し得たいのか」というところが私たちもまだまだ具現化しきれていないと感じます。未来志向と言いつつ、どうしても「足元でできること」の逆算になりがちな反省もあるので、デザイン思考で「NEXT SCHOOL LIFE」を考えてみるという視点は大変刺激的です。
また、制服のような“モノ”だけのアプローチでは限界があるということは、私たち自身も強く感じています。たとえば、教育の領域に踏み込んでみる、制服だけで快適さを生み出すのは限界があるので教室や校舎といった空間づくりにも関わっていく、などアイデアは社内でもあがっています。会社としては大きなチャレンジではありますが、これからはそうしたところにも踏み出していきたいですね。

高野さん:また視点を変えると、少子化により国内市場の縮小が避けられない中で、“日本ブランド”を強みに海外展開を目指すという道もあると思います。
たとえば、最近は海外でも「公文式」の教室をよく見かけます。これは、日本式の教育がブランドとして海外に受け入れられている証拠だと感じます。
制服には「着る人をひとつの方向へ導く力」があります。その強みを活かしながら、現地の課題に沿った教育プログラムと制服をセットでデザインし輸出するという発想もあり得るのではないでしょうか。
ちなみに、最近僕がビジネスで関わっているサウジアラビアは、政府が新しい産業づくりを急速に進めていて人口も右肩上がりで増えています。親日国で、教育への関心も非常に高く、魅力的な市場かもしれません。
田中:100年以上続く日本の制服文化は、“ジャパンカルチャー”として世界でも勝負できる可能性があると感じています。…私たちにやる気があれば、サウジアラビア、連れていっていただけますか(笑)。
高野さん:ちょうど今、日本の企業向けにサウジツアーも企画しているのでぜひ一緒にいきましょう。
田中:あっという間にお時間になってしまいました。耳が痛くなるようなお話も多く、本当に勉強になりました。いただいた貴重なご助言を踏まえて、「NEXT SCHOOL LIFE」やこれからのものづくりについて、改めて見つめ直していきたいと思います。
高野さん:子どもたちは日本の未来をつくっていく存在なので、ぜひ御社にも期待したいです。こちらこそありがとうございました。
連載「NextSchool Journey~学校生活の“これから”を探す旅~」ではこれからも、次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、未来に向けたヒントを集めていきます。
株式会社DG TAKANO代表取締役の高野雅彰さんの情報はこちら https://dgtakano.co.jp/