愛着や誇りは醸成されていくもの

愛着や誇りは醸成されていくもの
レナクナッタと考える伝統文化と制服

2024.09.12

伝統文化を未来に残すために、制服ができることってなんだろう?

これからの制服に求められる、ソーシャルな付加価値とは?

 

「カンコー学生工学研究所」が次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、ヒントをいただく連載「Next School Journey〜学校生活の“これから”を探す旅〜」。

 

今回訪ねたのは、アパレルブランド『レナクナッタ』を手がけている大河内愛加さん。

使わ「れなくなった」生地や以前に比べて作ら「れなくなった」素材や技術に光を当て、イタリアと日本の素材を組み合わせたアイテムを展開されている大河内さんは、伝統文化をどのように現代に繋いでいらっしゃるのでしょうか。

 

アパレル業界におけるサーキュラリティのあり方を模索するため、京都にあるレナクナッタさんのショールームを訪れお話を伺いました。

(右)レナクナッタの大河内愛加さん。「文化を纏う」をコンセプトに、日本とイタリアの素材を組み合わせた巻きスカートをメインに展開するブランド『レナクナッタ』を手がける。
(左)菅公学生服「カンコー学生工学研究所」の淵脇菜桜。カンコーでサステナブルをテーマにした循環型制服の研究を担当している。

 

 

伝統の核を守りつつ、今愛されるものを

カンコー学生工学研究所・淵脇菜桜(以下「淵脇」):本日はお時間いただきありがとうございます。私は大学時代を京都で過ごしていて、古い和小物などを集めることが好きだったので、伝統文化とアパレルを掛け合わせていらっしゃる大河内さんとお話できるのをとても楽しみにしていました。今日はよろしくお願いいたします。

 

大河内さん:こちらこそよろしくお願いいたします。

 

淵脇:まずは、改めて大河内さんが手がけている『レナクナッタ』について教えていただけますか?

 

大河内さん:「文化を纏う」というコンセプトのアパレルブランド『レナクナッタ』は、イタリアと日本の素材を組み合わせたアイテムを企画・販売しています。ブランドの名前は、使わ「れなくなった」生地や、以前より作ら「れなくなった」素材や技術を使うところに由来していて、デッドストックのイタリア製シルクや、日本の反物、斜陽となっている伝統工芸の技術などを使って新たな商品を展開しています。

淵脇:大河内さんはミラノにお住まいだったそうですね。

 

大河内さん:はい。15歳まで横浜で暮らしていたのですが、その後家族とミラノに移住しました。当時からファッションが好きだったのですが、仕事にするつもりはなく大学でもコミュニケーションデザインを学んでいました。25歳のときにブランドを立ち上げたいと思いましたが、ミラノはファッションが盛んな街で熱心に学んでいる学生も多くて、そういう人には到底敵わないなと思っていました。

 

それなら、自分がものづくりをすることで社会に良い影響を与えられる存在になればいい。そう考えて、自分のルーツである日本とイタリアを組み合わせたブランドを立ち上げ、「ファッション」ではなく「文化」を届ける活動を始めました。コロナ禍を機に京都に移り住み、今は京都を拠点に活動しています。

京都市内にあるレナクナッタのショールーム

 

淵脇:レナクナッタさんは、伝統産業を継承しつつ、現代の人々に受け入れられるプロダクトを生み出されているのが本当にすごいと感じます。どのような工夫をされているのでしょうか?

 

大河内さん:大切にしているのは「その伝統産業が何を大事にしているのか」を知ることです。その産業のどの部分が伝統なのかを学び、核となる部分は決して崩さず守りながら、様々な方に受け入れていただけるような商品へと展開しています。

 

例えば、今私が着ているワンピースには丹後ちりめんを使っているのですが、丹後ちりめんは撚った(よった)糸を織り込んだ生地を精錬(お湯で煮て絹糸の表面のタンパク質を取り除く工程)することで、糸の撚りがもどり、表面がぎゅっと縮まります。そうしてシボという凹凸感を出しているんですね。レナクナッタではその伝統技術をポリエステルに応用している織元さんの生地を使っています。ポリエステルは絹よりもよく縮むので、丹後ちりめんの技術がよりおもしろく表現できるんです。

 

丹後ちりめんの技術の大事な部分を崩さなければ、素材が絹でなくてもいいし、作るものが着物でなくてもいい。その産業の「伝統」となる部分は確実に守りながら、それを活かしつつ現代の人に長く愛されるものを目指してデザインしています。

 

淵脇:とてもおもしろいです。「伝統」と聞くとつい「こうあらねばならない」と制約を感じてしまいますが、大河内さんは本質を捉えて、それ以外は自由にイメージしていらっしゃるのですね。

 

 

「着たい」を入り口に、愛着や誇りを醸成する

淵脇:今のお話は、私たちの制服のデザインとも共通していると感じました。制服は「学校や街のシンボル」と形容されることが多く、何十年と生徒が代々着ていく中で伝統を引き継いでいくものです。ですので、学校や街を象徴するデザインにしてほしいというご依頼もよくいただきます。例えばシンボルとなる色や花、伝統産業などを取り入れることで、生徒が学校や地域に誇りや愛着を持てるようにという願いが込められている制服も少なくありません。

 

ただ、制服に伝統をどのように取り入れるか、というのが難しくて。大人は伝統を取り入れたい気持ちがあるけれど、生徒にとっては伝統よりも「かわいい」や「かっこいい」といった印象がその制服を「着てみたい」と思ってもらえるかどうかにつながります。どうしたら実際に着る生徒にも喜ばれるような制服にできるだろう、というのが私たちの課題ですね。

大河内さん:よくわかります。伝統を活かした商品開発をしようとすると、「この伝統技術を使っているぞ!」というのが前に出過ぎて、実際に身につけたいと思えるようなものにならないことがありますよね。ソーシャルグッドなイメージに甘えることなく、着る人を想像することがとても大事だと感じます。

 

淵脇:そこがすごく悩むところです。大河内さんはどのように着る人のことを想像しているのですか?

 

大河内さん:レナクナッタの場合は、商品を購入してくださるお客様は私と同世代の女性が多いので、自分自身が本当に「着たい」と思うものを常に模索しています。「これを着ると浮くかも」「ちょっとダサいかも」と感じるものは決して作らない。自分自身が「これを着たらテンション上がる!」と確信できるものを作るようにしています。

デッドストックの着物生地とデッドストックのイタリア製シルクを組み合わせたレナクナッタのスカート

 

淵脇:第一印象で「着たい!」と思うものを目指していらっしゃるんですね。

 

大河内さん:そうですね。私は「伝統産業を活用した商品なので買ってください!」ということは言いたくなくて、パッと手に取っていただいた時に「いいな」と思っていただきたいんです。その後に「へえ、これ西陣織なんだ」とか「丹後ちりめんなんだ」と知っていただく。そのためのご説明は丁寧に行います。すると「自分の国にこんな技術があるということを知れて嬉しい」というお声をいただくことがあるんです。

 

最近レナクナッタのツアーを開催して、ワークショップや見学会、職人さんとの食事会を行ったのですが、お客様から「着ている服がより愛おしくなりました」とか「伝統に誇りを感じるきっかけになりました」というお声をいただきました。

「着てみたい」という入り口から入って、その奥でどのように作られているかを知っていただく。そして、ご自身が纏うものの価値をより感じていただく。レナクナッタではそのプロセスを大事にしています。

淵脇:そのようにファンの方が生まれているのですね。まさに「文化を纏う」というコンセプト通りです。

 

制服もまた、長く着るうちに馴染んでくるものですが、愛着や誇りは最初からあるものではなく、後から育って醸成されていくものなのかもしれないですね。そこにアプローチする方法もいろいろとありそうだなと、今のお話を聞いていて感じました。

 

 

生徒たちが望む制服ってなんだろう?

淵脇:私たちは今、社会環境や価値観の変化を見据えた「ネクストスクールライフ」をイメージしながら、未来の子供たちが快適に過ごせる制服を考え続けています。実はここ数年で、制服のモデルチェンジをする学校数が倍以上になっているんです。

 

大河内さん:すごいですね。それはなぜですか?

 

淵脇:モデルチェンジのきっかけとして多いのは、ジェンダーに対する配慮ですね。LGBTQの生徒の選択肢を増やそうという動きがきっかけとなって、改めて制服の役割が見直されるようになりました。「制服はこうでないといけない」という固定観念が取り払われて、今はより個人の価値観や体質などに合わせたものが望まれるようになっています。

 

では、今後の制服が担う役割とは何か?というのが、私たちの大きな問いです。ただ選択肢を増やすのではなく、本当に子供たちが望むものは何なのか……そこが悩みでもあり、やりがいを感じる部分でもあります。

淵脇:その問いに対する一つの仮説として、私が担当している「循環型学生服」というものがあります。これは材料を全てポリエステルに統一し、リユース・リサイクルしやすいようにデザインした学生服で、環境に対して何かしたいと感じている生徒や学校に届けられたらと考えました。その他にも、障がい者の方が手がけたアートを制服や体操服に取り入れ、福祉を身近に感じていただけるデザインも研究しています。

 

これらは制服にソーシャルな価値を新たに取り入れた例ではありますが、どのように打ち出すべきかで悩んでいたんです。でも大河内さんのお話を聞きながら、第一印象で「着たい」と思っていただくことの大事さを知って、そちらをより意識しなくてはいけないなと感じました。

 

大河内さん:自分が中学生だった頃を振り返ると、地域や環境への関心よりも、見た目が気に入るかどうかが重要でしたからね。でも、大人になってから気づくこともありますし、その奥に付加価値を用意するのはとても意味のあることだと思います。

地域の人や産業と共創する制服へ

淵脇:未来の制服について、大河内さんからご提案などあれば、ぜひうかがいたいです。

 

大河内さん:私は常々、地域や地場産業に還元できるものを作りたいと考えているので、制服でもそれが実現できると素敵だと思います。例えば制服に西陣織の生地を使うことは難しくても、柄やデザインを取り入れることはできそうですよね。それも「西陣織からインスピレーションを得ました」というだけではなくて、「どこの織元さんと一緒に作りました」とか「売り上げの一部はこの産業に還元されます」など、連携や還元が明確にされるとより意義深くなるのかなと感じました。

 

淵脇:表層上のデザインだけ取り入れるのではなく、地域の方と共創するということですね。

 

大河内さん:そうですね。やはり日本のものづくりは尊いものだと思うので、伝統に限らず、その地域でものづくりをされている方たちにスポットライトが当たるようなことができると、生徒だけではなく親御さんや学校に対して、その工夫を取り入れる必然性が伝わるのではないでしょうか。

淵脇:ありがとうございます。本日はとても勉強になりました。これまで制服でいかに新たな価値を打ち出していけるか模索してきたのですが、まずは何よりも「着たい」という第一印象がもっとも心に響くのだなと気付かされました。そこから奥にある文化や社会的価値に触れてもらうことで、愛着や誇りを醸成する。レナクナッタさんのプロセスを、私たちもぜひ参考にしたいと思います。

 

大河内さん:私も初めて制服のメーカーさんとお話して、「制服ってこんな思いで開発されているんだな」と知ることができおもしろかったです。制服ってあまり自由がきかないものなのかなと思っていたのですが、様々な価値を取り入れる可能性があるものなのですね。ぜひいつか、ご一緒できたら嬉しいです。

 

淵脇:はい、ぜひ! 

 

連載「NextSchool Journey~学校生活の“これから”を探す旅~」ではこれからも、次世代を担うイノベーターや専門家を訪ね、未来に向けたヒントを集めていきます。

 

カポックジャパン株式会社の深井喜翔さんにお話を聞いた前回の記事はこちら→https://kanko-gakuseifuku.co.jp/lab/contents/nsl_journey5/

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